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キャッシュレス推進とBankPayのミッション(Ⅲ)
エレクトロン貨と呼ばれる世界最初の鋳造貨幣が生まれたのが紀元前670年頃で、現在のトルコ西部の王国で鋳造されたそうです。それから約2700年後の現在も通貨・紙幣による現金取引が引き継がれ、とりわけ日本では「現金社会」と言われるほど大きな役割を果たしてきました。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ある意味お金と人類は切っても切れない関係で、そこから経済や貿易の発展、持てる者と持てないものの格差も生まれてきました。お金に責任はないのですが、時には不幸な出来事の引き金になってきたことも事実です。
その「お金」が貨幣・紙幣からデジタル通貨に将来移行することを仮説として、今回のコラムを執筆しています。その将来が50年後か100年後かは別にして、実現化する過程にキャッシュレス化という現実のチャレンジがあると考えているからです。
最近Facebookが暗号通貨「Libra」の発行を発表しましたが、実施元となるLibra協会には世界の名だたる決済、テクノロジー・マーケットプレイス、電気通信、ブロックチェーン、ベンチャーキャピタルなどの事業者および非営利組織、多国間組織などが名を連ね大きな話題となっています。
また一方で各界から懸念・警鐘も寄せられています。
「Libraのミッションは数十億人のエンパワーメントにつながる、シンプルでグローバルな通貨と金融インフラを提供することです。」副題として「通貨のしくみを変える。世界経済を革新する。その結果、世界中の人の生活が向上する。」(Libraホワイトペーパー)とビジョンを掲げています。
このような予想を超えるスピードでグローバルな通貨革命が現実になることを目の前にして、だからこそ現在取り組んでいるキャッシュレス化が陳腐にならないために、それぞれのキャッシュレス化の取組に対するミッションを自覚しなくてはならないと思うのです。
BankPayに求められるもの・・・②
単純に他のカードビジネスと横並びとならないように、そして群雄割拠する各社スマホQRコード決済とも一線を画す方向を目指すために必要なことは、Facebookが暗号通貨「Libra」で掲げられたように「ミッション」の確立、共有だと考えています。
何を提供し、どのような果実を社会に人々にもたらすのか、シンプルかつパワフルなメッセージを国民に伝えることが最初の課題です。
残念ながら主催者のリリースをみてもFacebookの「Libra」のような力強いミッション、メッセージは見当たりません。Jデビットカードを単にスマホQRコード型版ですと言ってしまえば、確かに分かり易いのですが、肝心のミッションとかビジョンはという熱いものは伝わっては来ません。
みずほ銀行・BankPay等HPより筆者作成
物理的に現金以外の決済手段が拡大することだけがキャッシュレス時代だと筆者は思っていません。「世界中の人々の生活が向上する」ことが果たされて初めてキャッシュレス時代であり、人々の幸福に寄与できないキャッシュレス化では本末転倒です。
ただ誤解のないように付け加えれば主催者に対する批判でも否定でもありません。BankPayに対する期待・要望に尽きるのです。
BankPayに求められるもの・・・③
現金を使わず誰でも支払いができ、かつ個人間の資金移動も、いつどこでもできるためには、誰にでも公平な決済手段が提供されなければなりません。そのために現金に最も近いデビット決済が、その期待に応える可能性があることを前回述べました。
そのためには生活者(消費者)が普通に使える環境の整備と利用体験が必要です。その意味で生活者の目線でBankPayの普及をデザインしなければなりません。生活者を蚊帳の外にして成功は望めないからです。
消費者の使い勝手という点では、「かざす」だけで決済が終了する電子マネーやEMVコンタクトレスカードには及びません。
少なくともBankPayの利用現場では同等の簡便さが求められます。現在のスマホQRコード決済に対して、様々な優遇・優待が付与されている内はいいのですが、それらが終了した後も継続して利用され、かつ拡大していくのか、専門家の間でも見解が分かれているようです。
ただデジタルマネーの受け皿として、現段階ではスマホは欠かせないツールと思われます。ただしQRコード仕様を使う限り、NFC仕様と違い操作が一手間、二手間増え、電子マネー(ICカード)に慣れた日本では、面倒と感じる人も多くいるようです。
BankPayも同様で、どこまで簡便にできるかが普及の課題です。誰でもどこでも使える決済環境を目指すとしたら、現在しのぎを削る各社のQRコード決済のシュエア争いに埋没してしまうことは賢明ではありません。
少なくとも消費者の目線でBankPayに求められる機能は次のような点が挙げられるのではないでしょうか。
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①従来のJデビットカードのように、決済(支払)の度にピンコードを打つなど複雑な操作をしなくて済むような機能。
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②電子マネーのようにシンプルでなければならない。(高齢者や子供にも優しい)
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③銀行口座に直結する決済となるため、消費者の多くは知らないうちに自分の口座預金が0になってしまうのではとの心配が起こる。誰でも納得のでき、簡便に操作できる安全対策(起こった時の対応を含め)が施されていること。
まずは、「シンプル・安心・誰でも使える」を満足させる機能がBankPayのキラーアプリであり、ポイントサービスや他の決済アプリとの乗り入れをメリットとする前に優先して取り組む課題だと思います。
さらに付け加えると消費者が「これを求めていた」というBankPayの可能性を提供できるかです。
BankPayに求められるもの・・・④
BankPayは誰でも財布感覚で利用(BtoC、CtoC)できることが求められますが、一方で店舗・施設側の環境では、機器の操作性が簡便であること、導入コスト・ランニングコストが適正(コストパフォーマンスが優れている)であること、現金処理よりもメリットがあることなど、総合的な評価が優っていなければ安定した決済環境には結びつきません。
ここで留意したいのは加盟店側とのWINWINの関係をどのように築くのかです。加盟店・施設といっても業種・業態・経営規模などは多種多様です。
大型店、全国チェーンは資金力、人材力、情報力など経営基盤がしっかりしている所も多く、キャッシュレス化の促進が経営改善に繋がることは容易に理解されますが、問題はパパママストアと呼ばれる中小店です。
現金商売を金科玉条としている多くの中小店ではキャッシュレス化に対するアレルギーもあり、ほとんど進んでいないのが現状です。こうした中小店に対して「説得する」といった上から目線では進むものも進みません。
しかしこうした中小店の経営者には長年の商売を通して培ってきた確かな眼があります。損か得かを見抜く力です。しかし一方でその経験は現金商売から得た様々な知恵、知識から出ているもので、もし現金(紙幣・硬貨)ではなくデジタル通貨であったら現金取引に関する意識も全く異なったものになったのではないでしょうか。
その意味で「説得」ではなく「納得」してもらうことが、中小店での普及の最重要なファクトです。どんな高邁な理論であっても現場ではモチベーションにはなりません。中小店での普及が進まないのは、決して中小店側の問題ではなく、事業を進める側の問題だと筆者は考えています。
また中小店でのキャッシュレス化では加盟店手数料が導入のネックと言われています。確かに中小店を対象にしたアンケート調査などでも加盟店手数料の料率が最上位に挙げられています。
中小店の率直な声と受け止めなくてはならないのですが、では加盟店手数料が低く抑えられれば解決できるのかといえば、そうとは限らないと筆者は考えています。もちろん低い(適正)いことに越したことはないのですが。
少し長くなりますが、この件を考えるで「iPad」が世の中に登場する前後のある例を参考までに紹介したいと思います。
■参考事例:「キュレーションの力」(潮出版社)より 『ジャーナリストの勝見明氏はその著「キュレーションの力」(潮出版社)の中でアメリカの調査会社フォレスト・リサーチ社がiPadの発売前に4500人に対して、次に買い換えるパソコンに臨むことを聞いたところ、三分の二が欲しいと答えたDVDプレヤーやCD焼き付けは搭載されず、より順位の低いタッチパネルを搭載、結果的にはそれが消費者に支持され、iPadは「必要としたデバイス」ではなく「欲したデバイス」を選択したことで、タブレット・コンピュータの新たな市場を開発した』(概略)と紹介をしています。
BankPayも同様に、加盟店対象のアンケート結果の上位にランクされた回答が必ずしも新たな市場創造に繋がるとは限りません。加盟店が「これが欲しかった」とコスト以上の魅力、可能性を感じるような機能を提供できるかです。
その過程で加盟店側から「こんなことができるかな」「ちょっと面白そうだ」などBankPayへの興味が寄せられ、事業者が考える以上の利用方法が加盟店側で膨らめば、決済の新たなカテゴリーが掘り起こされると期待するのです。
一過性のムードで終わらないためには、消費者のモチベーションの持続が大事であることは間違いないのですが、それ以上に加盟店側のモチベーションが肝要です。ようやく消費者に浸透してきた時に、加盟店側が関心をなくしたり、慢性的になってしまうケースもあり、その姿勢は消費者に伝わり、埃の被った端末機がカウンターの隅に置き去りにされることになります。
BankPayが加盟店にとって「必要である」という説明は大事なのですが、だから導入するとする中小店は限られます。加盟店自ら「これが欲しかった」という創造性を湧き出させるような「モチベーションの種」を、加盟店の目線で一緒になり考えていく事業者の姿勢が必要ではないでしょうか。
加盟店開拓は提携事業先が行う戦略をダメとは言いませんが、開拓優先の論理が提携先事業者に働き、無理・無駄な競争に巻き込まれることも考えて置かなければなりません。
それらと一線を画すためにもBankPayの加盟店へのアプローチは事業者(銀行側)自ら泥だらけになって行っていく覚悟が必要と指摘だけはしておきます。
BankPayに求められるもの・・・⑤
感動・本格稼働をコアにした実証実験の展開が必要です。前回当コラムでAmazonGoの実験を簡単に紹介しましたが、スマホQRコードを使うにしても次世代へのペイメントレスに繋がる夢のある実験を期待したいのですが。
この図は既にご承知のことと思いますが、南紀白浜で行われている「顔認証による、IOTおもてなしサービス実証・キャッシュレス決済」の実証実験の概要です。
https://www.aws-s.com/pressrelease/pdf/190408.pdf
実験に関しては下記のアドレスを参照下さい。
https://wisdom.nec.com/ja/collaboration/2019032601/index.html
ここでのキャッシュレスはクレジットカードとの紐づけで対応されていますが、筆者の言いたいことは「IOT利用+BankPay=ペイメントレス生活・社会」を通して生活感動を与える実証実験への挑戦です。
その実験を通して、できるだけ多くの詳細な課題を見つけ出し、どのようにその課題を克服するのか(できるのではなく)、消費者、加盟店、事業者が運命共同体の意識に立って検討ができないのか。
という基本的なところでの課題に対する向き合い方を検証しつつハードルを越えていく作業が必要です。その際に必要なのが、「ニーズ」の順位付けから考えるだけでなく、小さな意見から「ウォンツ」を見つけ出す姿勢です。必要と考えることを実現しても(しなくて良いということではありませんが)感心はするけど、誰も感動することはありません。
実験のための実験に終了するトライは無駄以外何物でもありません。失敗を「倒れて還って起きるが如く」ではありませんが、成功・失敗を共に喜びあい、感動を与えるキャッシュレス社会の実現に一石を投じるBankPayのチャレンジを期待したいと思います。
BankPayはキャッシュレス推進の担い手の一つとだとして取り上げていますが、実施に向けてより具体的段階に立ち入れば、様々な疑念や課題も浮かび上がります。
最終章ではキャッシュレス化とBankPayに共通する課題を取り上げてみたいと思います。
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