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キャッシュレス推進とBankPayのミッション(Ⅰ)
日本のキャッシュレス決済定義の構図から言えること
一部重複はしますが前回の緊急提言の補足をします。キャッシュレス社会の果実が国民に隈なく行きわたるためには、説得というよりも国民から納得・共感を得る必要があります。
その前提要件が、実態に合ったキャッシュレスの中身を国民に知らせることです。もちろん諸外国の先進的な事例を学ぶことも大切ですが、単なるムードや一過性の流行に流されることなく日常生活に定着したキャッシュレスの姿を国民が共有することが肝要だと思います。
日本のキャッシュレス決済に関して当コラムや著作、講演等で、「重箱の隅まで」と言われても「ボタンの掛け違いが、最後まで影響を与えた」と言い訳することのないようにすべきとの思いがあるからです。
そこで何度も説明をしてきた政府が説明するキャッシュレス決済の位置づけです。
前回紹介をしましたキャシュレス・ロードマップ2019では、定義や対象に関して新たな検討が必要としていることを認めつつ、これまでのキャッシュレス決済比率(対象・算出)を踏襲することが明記されていました。(前回のコラムを参照)
であるならば、対象としているクレジットカード、デビットカード、電子マネー(代表8社決済額、ただしSuicaなど交通系電子マネーの乗車料金は対象外としている)の中で、何が最もキャッシュレス化の遅れの要因になっているのか明確にする必要があります。
キャッシュレス決済推進のツボを外すな
図表は世界のカード決済比率(日本ではキャッシュレス決済比率と言い換えられている)の中で、クレジットカードとデビットカードの決済比率(対国民消費支出)を比較して示したものです。
カード戦略研究所作成(日本のクレジット統計を参考)
この図表で分かることが少なくとも2点あります。
①クレジットカード決済は、世界各国と比較して、遅れているとは言えない。
②デビットカード決済は、世界各国と比較して極端に遅れている。
経済産業省(キャッシュレス・ビジョン)が、日本は世界と比較してキャッシュレス化が大きく遅れていると発表しましたが、この図表からみれば、キャッシュレス決済(カード決済比率)の遅れの原因は、デビットカード決済にあることが分かります。
電子マネー・プリペイド決済比率は約5%(カード戦略研究所推定)で、世界と比較すると遅れてはいません。また口座振替・送金(自動振替など)をキャッシュレス決済の対象に広げればキャッシュレス決済比率は約40%とも推定されますが、カード決済中心のキャッシュレス決済比率では、デビットカード決済比率の低さが極端に目立ちます。
クレジットカード決済に関しては以前にも指摘しましたが、日本では過去4年間の取扱高推移は、前年比で8%~10%前後の成長を示し、今後も余程状況が変わらない限り同様の成長が見込まれています
その認識に立つと、現在政府が約3000憶円の予算(キャッシュレス・消費者還元事業:前々回コラム参照)を掛けて推進するキャッシュレス(カード決済)化政策の内容に違和感を少なからず持ちます。
なぜなら政策のベースになっているのがクレジットカード決済だからです。いやいや電子マネーを含め多様な展開を視野に入れた政策であるとの声も聞かれますが、ポイント還元、端末機設置・手数料補助(3.2%以下に補助)など具体的な施策を見れば何がバックグランドになっているのか一目瞭然です。
逆に言えば、「キャッシュレス決済の遅れ」の主犯であるデビットカード決済に関して(デビットカード決済をメインに据えた)具体的な施策が見えてこないのです。
その背景として考えられるのが、今回のキャッシュレス化予算は消費税緩和策が主目的でキャッシュレス化は「おまけ」(一石二鳥との意見もありますが)とする政府側の本音です。
確かに最近のTV・新聞報道ではキャッシュレス化に向けた関係各社の活発な動きを伝える番組・記事が目立ち、消費者も興味を持ち始め一定の効果が出ているように思えますが、ムード先行でキャッシュレス決済の先に見える国家像まで踏み込んだ記事・報道内容には程遠いように思えます。
例えば民間消費支出の約20%に達しているクレジット決済をどこまで伸ばそうとしているのか、過去に社会問題にもなった多重債務・自己破産の急増ことも考える必要があります。
そのような問題に対しては貸金法・割販法などで利用額制限(年収の3分の1制限・ショッピング利用可能枠の設定など)を講じているので心配ないとの意見もありますが、それならば適正なクレジットカード決済比率(額)をどの程度にみているのか、政府や推進機関は示すべきです。
お隣の韓国のような政策的クレジットカード大国を目指すのか、欧州のようなデビットカード先進国になろうとするのか、民間の決済事業者の成り行きに任せようとするのか、キャッシュレス先進国の姿が見えてきません。
本来消費税の緩和策自体は時限的、一過性の政策であり、一方キャッシュレス化政策は継続的、未来志向の政策で、今回の政策は二律背反的性格を含んだものと考えられます。
どのようなキャッシュレスが浸透していくのか、本来は使い手の事情、状況で使い分けるとの判断が妥当と思われますが、規制とシステム(インフラ)に影響されてきたカードビジネスの歴史を考えると、民間任せだけでは難しい課題が残ります。
政府がキャッシュレス化に乗り出したこともあり、○○PAYを中心としたキャッシュレス化参入の動きが活発になっていることも事実です。過去にあった「プリペイドカードビジネスへ全産業、金融機関が参入!」そして「撤退・縮小相次ぐ!!」にならないために、また3000憶円の予算(税金)を一過性の政策に埋没させないためにも慎重かつ将来に繋がる検討が望まれます。
キャッシュレス推進とデビットカードの可能性
先日、「クレジットカード徒然日記」で一緒にコラムを掲載している小河俊紀先生の推薦もあり、放送大学の非常勤講師として、「日本のキャッシュレス事情」に関して授業を行ってきました。
授業の中で、「実は遅れているのはクレジットカードではなく、デビットカードであること、デビットカードは口座残高以上に使い過ぎることがなく、現在非接触IC化やスマホQRコード決済など新たな技術、構想が検討され、これまでとは違った使い易さ、サービスが提供される可能性がある」ことなどを説明しました。
授業の最後に、ある女性の受講者が「今回の授業の話しで、是非一度デビットカードを使ってみたい。」との感想を述べていました。
キャッシュレス・ビジョンの中で、キャッシュレス化に関するアンケート回答が紹介されていましたが、女性の約60%はキャッシュレス化に対して「ならないほうが良い」と回答しています。
キャッシュレス化に対する意見(アンケート調査)
その理由の上位は、「浪費・お金の感覚が麻痺等」が占め、いずれもクレジットカード決済に纏わる回答が占めています。この傾向は過去数十年ほとんど変わってはいません。
キャッシュレス決済を推進するためには、この傾向に何らかの手を打たなければなりませんが、海外のカード決済事情を参考にすれば、それこそ自然にデビットカード決済に行き着くはずです。
デビットカードに関しては、「ブランドデビットカードの景色」として数回にわたり当コラムで掲載をしましたが、放送大学でのデビットカードへの反応・意見から「消費者に丁寧に着実に説明をしていけば理解が得られる」と心を強くしました。
BankPayの可能性
BankPay構想が日本電子決済推進機構から発表されました。日本電子決済推進機構の前身は(日本デビットカード推進協議会:現在も対外的に使用)で、J-デビットを中心としたキャッシュレス推進を図る母体です。
BankPayは全国の銀行、地域金融機関(最大1000以上の銀行口座)が連携してスマートフォンをかざすだけで支払いができるスマホ決済サービスです
消費者としては金融機関共通の決済サービスであることから一つの金融機関口座と契約すれば「スマホORコード決済」が、便利で安心して利用できるとしています。
一方でJ-デビットのインフラを活用することが前提となっていますので、少し意地悪な見方をすると、カードをスマホに替えただけではないかとの疑問もでてきます。
J-デビットカードが何故普及に至らなかったのか(現時点で)については「ブランドデビットカードの景色」を参照してもらえばと思いますが、端的には3つに集約されます。
①消費側の理解(メリット)
②加盟店側の理解(メリット)
③事業運営側の課題
この3つの課題が解決できるならば、日本におけるキャッシュレス化は新たなステージに立てる可能性があります。大げさな言い方ですが、デビットカードの普及如何が日本のカード決済、キャッシュレス決済の運命を握ると考えているからで、BankPayの導入を単なるカードからスマホQRへのチェンジと捉えるのは短絡です。
日本電子決済推進機構が発表したニュースリリースでは、これまでのJ-デビットでは提供できなかった「加盟店側のメリット」にウエートを置いて構想・スキームが紹介されています。
■加盟店のメリット
①QRコードを読み込むだけのため、新たなシステムや端末を導入する必要がない。(導入コストの無償化:ただしステッカー対応店の場合)
②j-デビットインフラを利活用するなどでランニングコストを低減化できる。
③店は一つの金融機関と契約すれば、加盟金融機関に口座を持つ全ての消費者の利用が可能になる。
④自社のアプリに対応した支払、自社のポイント会員サービスなどとの連携も可能になる。
これらが達成できれば、加盟店手数料もクレジットカートと比較して低く抑えることができ、中小店では専用の端末機設置コストの負担もなく、イニシャル・ランニングコスト共に低減化が可能になるとしています。
カード決済普及を考える上で「どこでも使える」という汎用性の確保は不可欠な要素です。加盟店にとって現金の取扱い以上にハンドリング操作が軽減され、運用コストも削減されるなら、これまで加盟を躊躇していた店も加盟に動く可能性が高くなります。同時に現金以上に顧客の送客効果が認められ、購買・利用が多くなるのであれば尚更です。
ただし懸念される課題もあります。それは事業者側の取り組み姿勢と消費者側の理解です。
<次回に続く>
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