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キャッシュレス決済を巡る新たな動向を検証する
●キャッシュレス・ロードマップ2019を検証する。
●公取が投げかけた国際ブランドへの指摘がどのような影響を与えるか。
キャッシュレス・ロードマップ2019の一端を検証する
2019年4月にキャッシュレス推進協議会からキャッシュレス・ロードマップ2019が発表されました。100ページに及ぶ労作で内容も充実しています。
現在官民で進められているキャッシュレス推進活動に関連して次のように述べています。少し長いのですが原文のまま記載します。
さらに同ロードマップで「実現可能性や実効性等についてアセスメントを行っているものではない。」としながらも、同時に「本書が示す内容を基に、実現可能性や実効性等についてさらなる検討が進められることを期待する。」としていることから同マップの影響は強いもの考えられます。
当コラムで以前に取り上げたキャッシュレス決済の対象などに関して、定義等の変更も掲載されており、詳細は別にして今後押さえておきたい点を筆者なりにコメンを残したいと思います。
キャッシュレス決済の定義が変更される
同マップの最初に、これまでのキャッシュレス決済の定義「物理的な現金(紙幣・貨幣)を使用しなくとも活動できる状態」が「デジタル化された価値の移転を通じて活動できる状態」に変更されています。
その定義に従ったキャッシュレス決済手段の例も示しています。
さらに対象となる決済方法に関しては、
の3つの方法を示しています。
さらに同書ではキャッシュレス決済の対象に関して、その範囲をこれまでよりも広げ国内全般の取引とインバンドを対象に検討を行ったとしています。
実態とかけ離れたキャッシュレス決済比率が独り歩きする
キャッシュレス決済比率の分母に関しては、当初国の家計最終消費出(キャッシュレス・ビジョン)を分母に算出するとしていましたが
キャッシュレス支払手段による年間支払額÷国の家計最終消費支出
当コラムでも新聞紙上やシンクタンクでも混乱があると指摘しましたが、途中から下記の算出式に変更をしました。
キャッシュレス支払手段による年間支払額÷国の民間最終消費支出
さらに、決済比率を捉え方には多様な考え方が存在するとの指摘がることが明記されて以下のよう方向性が示されています。
重要な指標であるが、正確な情報が取得することが極めて困難なことから、従前のキャッシュレス決済比率(対象・算出方式)を継続するとしています。
そこで示されているキャッシュレス決済比率が下記の図表です。
この比率は、「国際決済銀行(BIS)が公表している年次報告書 「Statistics on payment, clearing and settlement systems in the CPMI countries」(Red Book) に掲載されている電子マネー決済額(E-Money Payment Transactions)および「カード決 済額(電子マネーを除く)(Card Payments (except e-money))」の合計」(日銀決済ステムレポート)とされていますが、正確性を優先すればキャッシュレス決済というよりカード決済比率としたほうが適切だと考えられます。
以前当コラムで指摘しました点を含めて、ここで示されたキャッシュレス決済比率に関して、改めて見直しを提言したいと思います。
●クレジットカード決済に関して
①これまでは個人をベースにした決済が対象であったが、法人カードによる決済額(B2B)が分離されずに算入されていた。ただ同ロードマップで法人間決済もキャッシュレス決済の範囲とされることになり、その意味では、矛盾点が解消されたことになる。
②電子マネーのチャージにクレジットカード決済が利用されているが、その分に関しては、クレジットカード決済と電子マネーの双方に決済額が参入され、ダブルカウントになっている点は解消されていない。
●電子マネー決済に関して
①クレジットカードやデビットカードによるチャージ分はダブルカウントになっている。
②日銀の電子マネー計数をそのまま対象にしているので、代表8社の決済額に限定、かつ交通系電子マネーに関しては、乗車料金分が対象外になっているため、実態とかなりかけ離れた決済額が変更なく計上されている。
確かに正確な情報を取得することが困難とは言え、電子マネー決済に関しては、あまりに判断が偏っているように思えます。
現在利用しているクレジットカード決済に関しても、必ずしも正確とは言い切れない部分もあります。日銀の電子マネー計数にも問題があり、その意味では、電子マネーを含めたプリペイド決済(前払式支払手段)を算入すべきと考えます。
算出に利用可能なデータ・資料としては、毎年金融庁が発表している「前払式支払手段の発行額および発行額の推移」「資金移動業の実態推移」さらに資金決済業協会が発表している「発行事業実態調査統計」があります。
金融庁の提供しているデータは、法律に基づいた数値で極めて信頼性が高く、資金決済業協会の「発行事業実態調査」は、その金融庁データの約90%程度を補足した内容となっています。
少なくとも並列して電子マネー・プリペイド決済を対象とした決済比率を掲載すべきではないでしょうか。
このままでは相変わらずキャッシュレス決済比率21%だけが独り歩きして中身を理解されないまま「遅れている」という印象だけが国民に刷り込まれるだけです。
クレジットカード決済は世界と比較して遅れているとは言えません。電子マネー・プリペイドはむしろ進んでいます。遅れているのはデビットカード決済だけです。その意味では「世界と比較して遅れているデビットカード決済」と表現する方が実態に合っています。
紙面の都合もあり、「キャッシュレス・ロードマップ2019」に関しては、キャッシュレス決済比率に限定して筆者の考えの一端を述べさせてもらいました。
国際ブランドに対する公正取引委員会の報告書に思う
平成31年3月に公正取引委員会が「クレジットカードに関する取引実態調査報告書」を発表しました。目的は、今後もクレジットカード決済額が増加することが予想(政府の戦略を含め)されるため、「クレジットカードに関する取引における独占禁止法又は競争政策上問題となるおそれのある取引慣行等の有無を明らかにする」としています。
詳細は報告書を見て頂きたいと思いますが、今後の国際ブランドとクレジットカード会社だけでなく、加盟店や消費者にも最終的には関係してくる事案と考えられます。
過去の話になりますが、筆者が大手流通業界の専任コンサルタントとして、カードビジネス委員会に出席をしていた時の経験です。
ICカード受入れに関する店舗側のコスト(POS等の改修費など)に関して論議を重ね、コストの一部負担を国際ブランドおよびクレジットカード会社、が負担する方向で話がまとまりました。
これにより大手流通業界でのICカード受入れが促進されると出席者の多くが考えたのですが、一部の国際ブランドから、その決定に関して第三者機関に意見を聞いて、改めて返事をしたい旨の申し出があり、その後第三者機関から決定に関して「国際ブランドが改修費などのコストを一部負担することはグローバルスタンダードの取引関係から好ましくない。」との回答があり、大手流通業界のICカード受入れは頓挫しました。
筆者は、これにより日本の流通環境下でのICカード化は10年以上遅れたと思っていますが、今回の公取報告で非接触ICカード(EMV仕様)の本格導入にどのような影響が出てくるのか危惧をする一人です。
前提となる国際ブランドの非接触型決済手段
さて、固有の企業名やブランド名は明記されていませんが、カード関連に携わる多くの人は、それがEMV仕様の非接触ICカードであることは理解しています。
さらに言えば、ここでの国際ブランドとはVISAやMASTERを指していると思われます。その内容は、端末機にタッチするだけで決済が完了するEMV仕様の非接触IC化(Visa contactless、MasterCard contactless等)に従い、POS端末への搭載が義務化(Visa:2023完了、Mastercard:同)され、ICカードへのcontactless搭載(Visa:2018年10月13日以降、Master:2019年4月以降)が義務化されるということです。日本ではFeliCa等との調整もあり対象から除外されているようですが時間の問題とも言えます。
国内クレジットカード会社・国際ブランドの対応
日本でのクレジットカードの非接触IC化状況を見ると、搭載している非接触IC仕様の多くはFeliCaで、その用途は電子マネーがほとんどです。
既にFeliCaを搭載したクレジットカード会社(国際ブランド搭載)では、カードを始め端末機、ネットワークなど新たな投資が予想され、おいそれと承諾するわけにはいかないかも知れません。
国際ブランド側では日本だけ独自展開を認めるわけにはいかず、しかたなく「対象外」としてきた経緯があります。EMV仕様の接触IC搭載に関しては、銀行系カード会社は積極的に対応してきましたが、今回はそうも行かないようです。
EMV非接触IC搭載の費用負担に関して、公取は強制的に義務づけをするのであれば、カード会社の意見を十分に考慮せず、カード会社側に一方的に費用負担させることは、それがカード会社側に不利益を与える場合は、国際ブランドの商習慣としても直ちには正当化されないという判断です。
第二のガラパゴス化にならないのか
国際ブランドが採用するcontactless仕様は、日本で普及しているFeliCaではないため、このまま推移すると磁気カード同様にJISⅠ(国際ブランド仕様)とJISⅡ(日本仕様)のダブルスタンダードが存在することになります。
過去の反省から何としてもダブルスタンダードは避けようと接触ICカード搭載に関してはEMV仕様を国内仕様として統一しましたが、このままでは磁気カードの二の舞になりかねません。
日本のクレジットカード会社側にとっても、それは避けたいでしょうから、知恵を絞り実現に向けた努力をすることになるでしょう。しかしカード会社側の負担で済めばよいのですが、システム全般の変更となれば必然的に提携カード会社、そして大手流通小売業にも負担をお願いするスキームが浮かびます。
接触ICカード導入に際しての過去の事例(前掲)を考えても、大手加盟店との折衝は大きなハードルです。
海外ではクレジットカードやデビットカードの非接触IC搭載が進んでおり、日本のキャッシュレス決済推進のためには、クレジットカードやデビットカードの非接触IC化は避けて通れない課題です。
WIN・WINの関係を
非接触IC化だけに目をやっていては、キャッシュレス化に乗り遅れる状況が生まれつつあります。銀行群がJ-デビットに紐づけQRコード決済プラットフォーム事業に参入してきたことです。
デビットカード利用が極端に遅れている日本の決済環境を考えた時に、非接触ICカードとスマホQRコード決済は絶対的条件です。難しい課題はありますが、国際ブランドと国内クレジットカード会社は、それぞれの立場に固執することなく、10年、20年先のWIN・WINの関係を視野に消費者の目線に立って真摯に話し合うべきです。
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