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地域振興にカード事業はどこまで有効か <その2>
「統計」について国会が騒がしいようです。それに輪をかけてマスコミ報道も過熱しています。本コラムでも2017年11月「国内キャッシュレス比率19%は本当か」として取り上げ、具体的数値を示しながら政府・経産省の統計数値は実態とは違うのではと指摘をしました。
東京大学の佐々木弾教授はその著「統計は暴走する」(中公新書ラクレ)の中で、人が統計にだまされる背景として、「統計とは客観的で、科学的で、正しいもの、という思い込み」「統計自体が悪くなくとも、その解釈や利用方法の問題がある」の二つを挙げています。
氾濫する統計情報に惑わされず、右往左往しないために同氏は統計リテラシーの必要性を説いていますが、興味のある方は是非「本著」をお読み頂ければ、統計を緒とする様々な問題が見えてくると思われます。
キャッシュレス・消費者還元事業2798憶円を考える
さて消費税対策として当コラムでも取り上げたポイント還元策が「キャッシュレス・消費者還元事業2798憶円」として発表されました。
当コラムのテーマである地域共通カードとも関連することですので、筆者なりの感想を1点だけ述べたいと思います。
経済産業省では出先の経済産業強局(全国各地)で、上記の資料など使って説明会を実施していますが、興味のある方は各地経済産業局HPを参照して下さい。
本案の目的と期待される効果に関して
本事業案で明確になったのは、どうやら「中小事業者のキャッシュレス化を促進する」ことを名目に、消費増税による消費の落ち込みを防きたいということが本音のようです。2025年までにキャッシュレス化40%を実現するとありますが、キャッシュレス化の促進は二の次で消費税対策にうまく利用しているというのは言い過ぎでしょうか。
この案の前提になっているのが、中小事業者でのキャッシュレス化(この場合はカード決済の導入)が進まないのは、「端末機の導入コスト負担」と「加盟店手数料が高い」という当局の思い込みです。
しかしカード決済導入店の状況をみると、その思い込みが実態と掛け離れていることが分かります。カード決済が進んでいないのは、何も導入店が少ないということだけではありません。当サイトで紹介されている「キャッシュレス社会と通貨の未来」(民事法研究会)の中で取り上げましたが、野村総合研究所のカード決済導入店(519社)に対するアンケート調査の結果に寄っても明らかです。
カード決済(クレジットカード等)を導入している店舗(約90%)では、売上に占める割合が約22%、利用者は約40%に留まっており、導入効果(客数・客単価)に関しても「変わっていない約38%」「分からない約45%」と評価が分かれています。
新たに導入店を拡大することの必要性は認めますが、既存店の満足度を上げなければ、政府の施策も一過性に終わり、キャッシュレス化の促進、なかんずく本質的な解決策に結びつかいないのではと指摘しておきます。
それでは駒ケ根市「つれてってカード」に話を戻します。
駒ケ根市「つれてってカード」の実現へ
「つれてってカード」は、初期カードから中期カードへ、そして現在のカードと変遷をしているようです。
筆者がコンサルタントとして関わったのは初期の「つれてってカード」で、中期以降の詳しい経緯は承知していません。ここでは初期の地域カードの立ち上げに何が必要であったのか、その課題を克服するために行った足跡を辿ってみたいと思います。

初期「つれてってカード」のデザイン
地域共通カード事業の目的
歯抜け店舗に代表されるように中心商店街の衰退は、単に一商店街の問題ではなく地域のあり方を根底的に問う段階にあります。
少子高齢化現象といってしまえばそれまでかも知れませんが、それは他人事と感じているまでの話です。人が集まらなければ「街の賑わい」は生まれませんし、コミュニティーは消滅、地域生活は成り立たなくなります。
これまで商店街は、祭りなど季節ごとの地域イベントと同様に、街のコミュニティーの発信基地として大きな役割を果たしてきました。そして街を見守る灯台のように、各商店の灯りが通りを歩く住民の安全・安心の道しるべとなっていました。
衰退しつつある商店街にとって必要なのは、街の賑わいを取り戻すことです。分かり易くいえば、住民が地元の商店街ではなく他の商業エリアに買物に出てしまうこと(流出)を、少しでも食い止め地元で買い物をしてもらうことと、他の地域(インバンドを含め)から買い物など来街してもらう(流入)ことです。
地域共通カードは、前者の地域住民の流出を防ぐための事業の一つで、他からの流入を促進する役割は荷が重すぎるように思います。少なくとも地域で生活する人々の支持が得られないような地域商業では何も始まりません。
取りあえず地元の商店街に地元住民が来街してもらい、買物やサービスを利用してもらうこと、それが街の賑わいを取り戻すスタートで、地域共通カードの入口です。
そのスタートに立つと、とても一商店街で役割を果たせるとは思えず、少なくとも地域(市・町等)全体で取り組むべき課題ではないかとの共通認識が生まれてきます。
ただし地域共通カードの役割は、地元の人々を街に呼ぶことまでで、お店で買物をするかしないかは各店の役割、努力になります。地域の消費生活は一定程度循環をしています。その循環を強める、確実にすることが共通カードの第一義的な目的で役割です。
その共通認識に立てば、共通カード事業は他力本願と自力本願の融合でシナジー効果を出していく共同作業であることが理解されてきます。
地元メンバーとの距離感
コンサルティング業務を通じて心がけたことは、誰が行うのか、主体者はあくまで地元メンバーであるという認識です。
ついつい長年の経験から地元の推進者へ「それはこうです。」と結論ありきの助言を行ってしまうケースが見られますが、それでは地元の方が成長しません。一部の人の耳学問だけが吐出し、かえって不協和音を生む結果にもなりかねません。
コンサルタントはいつまでも張り付いてはいられません。結局は地元メンバーが様々な課題を解決し、日常的にベターな判断ができるようなスキルを付ける以外に、発展的な共通カード事業の維持継続は不可能と考えられます。
数年間にわたり「つれてってカード」立ち上げの汗を流してきた一人として、コンサルティング契約終了後も「どうなっているのだろうか。」「うまくいっているのだろか。」と気にかかってはいましたが、地元メンバーのことを考えると下手なお節介をするのは逆効果と言い聞かせ、その後はこちらから関係を持つことはしませんでした。
課題を課題として理解するスキル、常に改革と維持の調和を理解するスキル、コストと効果のバランスを理解するスキルなど、地元メンバーがどこまでそうしたスキルを深めることができたのか確認はできませんが、コンサルタントと地元メンバーのバランスを取れた距離感が必要だと考えています。
ただし「やるやらないは商店街側の問題で、アドバイスした通りにしなかった商店街側の責任で自分には関係ない」と、結果に対する責任を回避するコンサルタントのような言い訳になってはいけませんが。
課題を課題だと見抜く力
商店街や地域カードの導入検討に際して、先進システム導入先への視察は既定の路線で、筆者も数多く同行(コーディネーターを含め)しました。
その際に筆者が最も最重要した点は、視察したメンバーが視察先の方々にどのような質問をしていたかです。その質問内容で、視察が成功であったのか、また視察団がこれまで共通カード事業に関してどれ程理解を深めていたのか、判断ができたからです。
■よくない筆問の例としては
①真っ先に端末機やシステムの導入コストを聞く。
②自分たちの知識(耳学問)をまずひけらかし、その位の知識はあるだろう
と見くびり質問をする。
■よい筆問の例としては、
①どのように皆さんの気持ちをまとめることができたのか。
その中で、一番苦労した点と、解決の過程は。
②導入して最もよかった点、導入後に何が変わったのか、変わらなかったのか。
③導入前、導入後での反省点、アドバイスがあれば。
視察する側は、事前に時間を使って委員会や研究会を開いて机上での研修を済ましています。そのため情報過多になり偏った認識が蓄積されて、その知識が視察には邪魔になってしまうことがあるのです。
視察に大切なことは、視察先の弱点や至らなさを見つけ出すことではなく、視察を通して、自分たちの課題を見つけ出すこと(課題を課題として見抜く)が最も優先されると筆者は考えています。
導入コストや端末機などの関する知識は、いつでもどこでも得られます。もしコストであれば、コストパフォーマンスや事業収益性の観点で状況を聞くことは重要です。
ただし、導入1年未満の視察先の場合は、先方の情報も少なく、チャレンジの最中との理解が視察側にもなければなりません。その忙しい最中の視察受け入れに感謝の念を持つことも忘れてはならない点です。
当事者意識の醸成
主体者は地元メンバーであることを述べましたが、ではどのように当事者意識を醸成したらよいのでしょうか。実際にあった例を一つ紹介します。
「つてれってカード」は地域・市民のカードであることを、日常の生活の中で市民に感じてもらうが重要と考え、市民生活の拠点である行政(市役所)機関で、カードが利用できるよう検討が進められました。
まずは、行政機関が事業主体となっている施設(温泉)での利用、さらに広域病院での医療費などの支払いに利用できるようにしました。
その中で、市役所の窓口での利用が多い住民票などの発行手数料を、「つれてれってカードで支払いが可能になるよう検討を重ね、概要が見えてきた時に関係者全員を対象に説明会を開催した時です。
「内容は分かりましたが、住民票などの発行手数料をカードで支払うことが本当に可能なのでしょうか。確か法律では手数料は現金に限ると記憶しているのですが、規則を破ることはできませんし、不可能ではないでしょうか。」との冷ややかな質問が、金融機関の担当幹部から投げかけられました。
その時に誰も回答する様子がなかったので、筆者は「現状はその通りです。しかし日本で初めての地域共通カードを発行しようしています。不可能と思われることから可能性を生み出すのです。あなたの協力が必要なのです。もしかしたら駒ケ根方式と言われる方法が見つけ出せるかもしれません。」と訴えかけると、会場は一変し筆問者の表情も真剣になりました。
傍観者意識が強かった担当者が、その後本気になって市役所の担当者と検討を重ね総務省から許諾をもらったのは、それから間もなくのことでした。
まさしく駒ケ根方式が実現したのです。それは「つれてってカード」での支払いであっても当日の指定時間までに組合の口座から市役所の口座に振替できれば、現金支払いとみなすとの回答です。この出来事で、疑心暗鬼であった金融機関の担当者が当事者意識を高めたことは間違いありません。
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