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地域振興にカード事業はどこまで有効か <その1>
前回のギャンブル等のATMに関係して色々意見を頂きました。「警察庁が遊技業界にATM撤去を迫るのであれば法的根拠が必要ではないか。関係団体が業界自主規制として傘下の組合員に影響を与えるとしたら独禁法との絡みも心配になる。関係団体に今になって判断(撤去)しろというのは丸投げそのものではないか。むしろ規制を強めたATMなので、しっかり管理して、問題が発生しないようにする方が現実的ではないか」などの意見です。
筆者の提言である規制型ATMの活用が、カジノ健全化の解決に向けた糸口になればと思っています。
地域活性化とカード事業
商店街の多くは振興組合を一つの単位として活動を行っています。そしてその活動の多くは組合員からの組合費で賄われていますが、予算単位などが大規模になると、その多くは国や自治体からの補助金や助成金による事業が多くを占めます。
これまで筆者が関わってきた商店街組合等の多くもその例に洩れません。まずは、研究会や調査事業を補助事業(全額)などの予算を使い開催することから始まります。
しかし商店街と言っても一枚岩ではありません。理事会の中でも反対する勢力や意見もあり、なかなかまとまりません。全額補助金である内はまだいいのですが、話が進み組合員の自己負担が必要となると、総論賛成・各論反対の風潮が目立ち始め、立ち往生してしまう例も何度か見てきました。
商店街組合員の全ての参加が無理な場合は、事業協同組合を設立してスタンプなどの運営を行っているケースも多く見受けられます。
「お山の大将が集まっている商店主を、どだい説得しようなどと考える方が間違い、説得ではなく納得してもらうことですよ。」と、ある有力な商店街振興組合の理事長が私に語ったことが、未だに脳裏に残っています。
そのアドバイスが、それからの私の業務に大いに役立ちました。北は北海道、西は九州まで依頼に応じて全国の商店街や事業組合で、多く人と出会い、貴重な体験をさせて頂きました。
また単一の商店街組合でのカード導入に対して、地域カードは行政(区や市等)単位で発行運営されることになりますから、商店街間の競争を超えた取り組み、その理解が必要になります。さらに商工会や商工会議所の協力も重要です。
これまで経験した商店街や地域カード導入から「何が成功の因であったのか、何が失敗の因となってしまったのか」を今回から紹介したいと思います。
駒ケ根スタンプ組合メンバーとの出会い
ある日突然、何のアポもなく筆者の会社を訪れた数人のグループがありました。カードの専門誌を発行していることから読者の方々では無下に断れないと思い応接室に通しました。
しかし話を聞いているうちに、どうやら読者であることは筆者の早合点で、予想もしなかった経緯で尋ねてきたことが判明しました。
現在スタンプ(紙シール)事業を事業組合で行っているが、このままでは先が見えず何とかしたいと、若手・中堅の組合員が中心になりポイントカードへの切替を念頭に、ある団体に相談に来たが、どうも説明が自分たちの考えと違うため、その団体の担当者から聞いて急遽筆者の所に訪ねてきたという内容でした。
正直、駒ケ根市がどんな所なのか、ほとんど認識もなく、当初は話をただ聞いているだけでしたが、長野県の南側、養命酒の工場があることは分かってきました。そしてスタンプシールのカード化に関する相談であることも。
この出会いが日本で初めて本格的な地域の電子マネー&ポイントサービス「つれてってカード」の誕生のルーツとなりました。
駒ケ根市を訪れて
駒ケ根スタンプ会のメンバーが帰ってから、1カ月も経ったころでしたでしょうか、連絡があり勉強会を兼ねて講演会を開催するので講師で現地まで来てほしいとの連絡がありました。
現地を地図で確かめると、新幹線も通わぬ小さな田舎、市とは言っても人口僅か3万数千人、どうやら南アルプスと中央アルプスが眺望できる麓に立地しているらしいことが分かりました。
JR東海の飯田線に駒ケ根駅があり、そこが最寄り駅であるらしい。東京からどう乗り換えて行ったらいいのか、頭を悩ましている時に電話があり、新宿駅から直行の高速バスがあることを聞いて胸を撫で下ろした覚えがあります。
駒ケ根市観光協会HPより
http://www.kankou-komagane.com/
新宿駅のバスターミナルから約3時間半、中央高速をひたすら南下し、現地に着いたのは昼を超えていました。幸い終点でしたので寝過ごすこともなく道中も諏訪湖など自然の景色を楽しみながら過ごせました。
バスを降りて、とりあえず訪問先の商工会議所に向かうことにしましたが、約束の時間よりも早かったので、周辺の商店街をぶらぶら歩くことにしました。そこで駒ケ根市街が予想よりは稼働していることを目にしました。以前、四国のある商工会に招かれて講演に行った時の衝撃的な印象(店が見当たらない?)が頭にあっため、駒ケ根市の風景がまともに見えたわけです。
それからまもなくして駒ケ根スタンプ会のメンバーと会い、市街の状況やメンバーの意見をそれぞれ聞きながら話し合いを進めました。その経緯の中で組合を中心とした「カードシステム研究会」の設立が決まり、コンサルタントとして、駒ケ根市の地域共通カード実現に向けた数年間にわたる付き合いがスタートしました。
当時の駒ケ根市商店街風景
これからのお話は、記録や資料を消失してしまったり、記憶がぼんやりしていたりで、日付、前後の経緯は必ずしも正確ではありませんが、実際に経験をしたことを伝えたいと思います。
駒根市「つれてってカード」誕生への助走
当時日本では英国から接触ICカード普及のキラーアプリケーションになるのではと騒がれた電子財布MONDEXが紹介され話題を呼んでいました。
磁気カードと比較して実用化の大きな障壁になっていたのがコストと実利アプリケーションでした。「プリペイド決済の光と影」<4>でMONDEX実証実験が行われた英国のスウィンドン市に視察に行ったことにふれましたが、それほど電子財布機能が注目を浴びていました。
事実、日本でも各地で接触ICカードの導入実験が行われていましたが、実用化を前提とした試みはなく、唯一京都の西新道商店街で「エプロンカード」と呼ばれる接触ICカードを活用したシステムが立ち上がっていました。
その時に筆者が感じたのは「あくまで一商店街の実用化であって、スウィンドンのような市全体での取り組みではない。またスウィンドンにしても実態は本格的な地域カードとはなっていない。」ということでした。
そこで、浮かんだのが駒ケ根市であれば、日本で初めて本格的な電子プリペイド(以降電子マネー)の実用化ができるのではないかという想いです。当初、スタンプシールのカード化を考えていたスタンプ組合のメンバーにとっては寝耳に水であったかも知れませんが、筆者の心は、その想いが確信に変わりつつありました。
「つれてってカード」誕生の背中を押した三本の矢
「カードシステム研究会」では、導入に向けて様々な検討が進みました。まずは導入の目的、その目的を組合員に共有してもらうためにはどうしたらよいのか、そしてポイントカード導入組合、先進的ICカード導入の京都西新道商店街などへの視察を重ねながら、単なるポイントカード導入ではなく、日本で初めてになるであろう「電子マネー&ポイントサービス」カードを駒ケ根市で発行しようと中心メンバーの意識が固って行きました。
その中で筆者が強調したのは、これまでのような商業者に限定したカードではなく、飲食や理美容などのサービス業から、不動産、建設、医療など、市内の様々な業種の事業者に参加してもらわなくては市民カードにはならないということでした。
そうした折に中心メンバーから「是非、会っていただきたい人がいる。」
と強い要請を受けました。
一人は当時の駒ケ根市長、そしてもう一人が赤穂信用金庫(現アルプス中央信用金庫)の理事長でした。
駒ケ根市長へは表敬訪問的要素も強かったのですが、市全体の取り組みが成功への鍵であること、単に財政的支援だけではなく、関係施設や行政手続きなどのバックアップをお願いしたと記憶しています。
一方で「カードシステム研究会」で構想されたエリアカードは地元金融機関なしには実現できないシステムであり、事業計画であったことから、組合スタッフは地元赤穂信用金庫に全面的な協力要請を申し出ていました。
その努力があり赤穂信用金庫理事長との面談が実現しました。
「地元の若手経営者の皆さんが、これほど熱心に努力をされていることです。
地元にためになることであれば、できることは何でも協力させてもらいます。それが私ども信用金庫の使命です。」と、地元では相当な名士であろう理事長が、何の気負いもなく謙虚に、かつ丁寧な言葉で筆者に語られたことに、感動にも似た衝撃を受けました。
実は赤穂信用金庫が協力する内容は簡単なものではありませんでした。まずは、キャッシュカードを接触ICカードに切り替えること、さらに本支店
(7か所前後)に設置されているATMを全て新しいもの(接触ICカード対応)に入れ替えること、さらにそれらを運営するソフト開発、関連業務の見直し、新規パンフ等の作成など、どう見ても億円単位の新たな資金が必要になるわけです。
後に全国で成功事例と紹介された「つれてってカード」は、駒ケ根市の行政支援、赤穂信用金庫理事長の決断と行員の取り組み、そして若手を中心としたスタンプ組合のメンバーの意欲、決意の三本の矢があって初めて実現できた地域の市民カードと筆者は思っています。
商店街・地域カード導入の一丁目一番地とは
つれてってカードの具体的な仕組みなどは次回に譲りますが、何ごとも一朝一夕にはことは運びません。数多くの商店街や組合のカード化に立ち会ってきた経験で言えば、導入しないのも一つの選択肢です。
何故なら導入が目的ではありません。その地域、商店街の振興のために何が必要なのか、その中で導き出される選択肢の一つが地域共通カードでるとの理解が必要です。
新潟県の某市ではカード事業化に向けて、前半2年、後半2年の都合4年間にわたり研究会を重ねてきました。筆者も新潟県の中央会の依頼もあり4年間の長き付き合いとなったわけですが、結論だけを言えば、最終的にカードシステム導入には至りませんでした。
同組合では共同事業として共通商品券を発行し一定の成果を上げていました。スタンプやポイントカードは、各単会の組合がそれぞれ実施している所もあり、某市全体で共通のカードを発行するとなれば、各単会の協力は必須の条件でした。
100人の商店主が集まれば100通りの意見、言い分があり、総論賛成(分かるけど)、各論反対(自分のところはいいや)はよくある例です。
最重要なことは「何のために導入するのか」という目的・理念です。その目的・理念が共有できなければ、とても成功への足掛かりにはたどり着けません。目的・理念の明確化、そして共有できることが一丁目一番地なのです。
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