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公開日: : 最終更新日:2018/02/21
プリペイド決済の光と陰<6>
米国ではハウス型のオンラインギフトカードを抜き、汎用型のブランドプリペイドカードが拡大しています。日本においてもブランドデビットカードと共に、ブランドプリペイドカードの普及が期待されています。
クレディセゾンを初め日本のクレジットカード会社でも、ブランドプリペイドカードの本格的な取り組みがスタートしています。
新たな決済インフラの整備が不要(既存のクレジットインフラを使用、管理センター機能は新たに整備する必要がありますが。)で、従来のような過大投資の必要もないため、普及に拍車をかけることになるかも知れません。
現段階では磁気式が主流ですが、今後EMV非接触ICカードの普及によるブランドプリペイドカードの登場も予想されています。

クレディセゾン決算資料より
Edyから見る汎用電子マネー事業の課題
さて、Edyに戻ります。
特定の企業に組みせず、独立型の汎用電子マネーを目指したビットワレット社、その社名もソニーが取り組む電子マネー事業ではなく、広く多くの企業が参加できるオールジャパンを目指すとの意思から考えられたと言われています。
しかし、これまでに紹介したようにオールジャパン構想は、設立から8年を経て、その旗を降ろす結果になりました。正確に言えば、楽天グープに引き継がれ、楽天という冠を戴して再スタートしたということになります。
ここに、2008年で使用されたビットワレット社のプレゼン資料の一部があります。

ビットワレット社資料
ビットワレット社も過去の他社事例から、Edy事業の課題を十分認識していたことになります。その課題を克服するための戦略、戦術として①~③を挙げて事業展開してきたわけです。
ただ、この時点(2008年)で、「過去の他社の事業トライアルでの課題」「ビットワレット社のチャレンジ」とした中の赤字部分が気になります。2001年から2008年までの経緯の中で、「トライアル」「チャレンジ」と敢えて使っている点です。
他社の事業はトライアル(実験)ではなく、実業であり本格的な事業展開でした。またEdy事業8年を経っても、これまでのビットワレット社の取り組みを、チャレンジと位置付けていたことに何かピタッリと来ないのです。
チャレンジという言葉が、ここでは「チャレンジなら失敗しても、どこかで仕方がない。」と聞こえてくるのは、うがった見方なのでしょうか。
もちろん、誰もチャレンジをネガティブに捉えていたとは思いませんし、ポジティブに捉えてのチャレンジであったと当時を知る一人として疑う余地はないのですが、一方で、失敗を恐れず技術開発にチャレンジした技術者の軌跡(チャレンジ)とは違うのではとの思いも、心の片隅から消えないのです。
360億円以上を投資して偉大なるチャレンジというなら、その十分の一程度の費用でトライアルを、もう少し慎重に積み重ねても良かったのではないか、そんな思いが今もあります。
電子マネーではないのですが、非接触ICカードを使った共通ポイントカード(資本金10億円超)事業を展開したいと、資本金1億円で準備会社を設立して、事業化に向けてプロジェクトをスタートさせた企業群がありました。
途中で、私の方に事業展開の可能性を検証して欲しいとの依頼があり、様々な要素(事業計画分析、市場分析、SWOT分析等)を加味して、その可能性を分析しました。その結果は、大変に厳しいもので、かなり甘く見積もっても
プロジェクトの当初計画は期待できないとシビアな判断を伝えました。
プロジェクトの中には、不満を持つ人もいたようでしたが、終盤にプロジェクトのリーダー(プロジェクトで最も資金、組織上で影響のある企業から派遣されて役職者)から個人的に呼び出され、重ねて意見(本当にどうなのか)を求められました。
私は、可能性がゼロ(これまで事業化に向けて頑張って来た担当者の顔を思い出し)とは言わないが、最低必要と思われる条件が整っていないこと、また整えようとすれば、不利な条件で取引を拡大しなくてはならないことなどを挙げて、極めてリスクが高いと進言しました。
結局、プロジェクト(準備会社)は解散されました。今でも、その判断が正しいかったのか、間違っていたのかは結論付けられませんが、先行投資、先行赤字型ビジネスの宿命を負い、厳しい状況に立たされたことは間違いないと考えています。
課題克服のために、ビットワレット社が2008年頃までにチャレンジ(導入・終了)してきた一部を、雑誌記事や資料等から参考に列挙してみたいと思います。
①am/pm(2010年にファミリーマートが吸収合併)で全店導入
②仙台「スーパーアサノ」導入で「高利用率モデル」を生む
③ANAマイレージカードと提携クレジットカードへのEdy搭載
④沖縄でEdy普及、九州地区で広がる
⑤ソニー4社員証へのEdy搭載をきっかけに、東京三菱銀行(当時)の行員証、ソニー学園湘北短期大学の学生証・教職員証へのEdy搭載が実現した。
⑥各社クレジットカードへのEdy搭載
⑦三菱UFJ銀行、みずほ銀行法人口座、大垣共立銀行、スルガ銀行ANA支店、楽天銀行などのキャッシュカードでEdy搭載を実現
⑧郵貯ICカードにEdy搭載(再発行終了)
⑨郵貯ATM・窓口端末設置計画は最終的に中止となる
⑩三菱UFJ銀行でも「スーパーICカード」、2010年6月をもって発行・再発行が終了となっている
⑪2004年7月のNTTドコモによるFeliCa搭載携帯電話の発表に 合わせて、Edy機能の携帯電話への搭載が実現された(おサイフケータイ)
⑫2005年9月にはKDDI、2005年11月にはソフトバンクのおサイフケータイにEdyが搭載された。Edyの利用者はおサイフケータイ保有者全体の2割程度に留まる
⑬インテル出資で、ソニーやNEC、東芝、富士通、デルなどの一部のPCにFeliCaのリーダライタが内蔵され、外付けのPaSoRiと合わせて1千万台以上のPCでEdyが使えるように
⑭2ソニーの液晶TV「BRAVIA」のリモコンにFeliCaのリーダライ タを内蔵し、EdyへのチャージやEdyでの一部の有料放送の料金支払いなど可能となった
⑮「Edyでポイント」の提携先は、ANA、楽天、KDDI、Tポイント、ヤマダ電機、ベルメゾン、NEXCO中日本の7社に。成果は提携先取り組み方で大きく左右された
これらの事業活動を通して、ビットワレット社の幹部は、以下の3点を教訓(反省)として挙げています。
①ユーザーに直接リーチできる会員組織がなかった。
②電子マネーの利用場所を自社で持っていなかった。
③インセンティブプログラムは他力本願であった。
しかし、この3点の教訓は、当コラムで以前に指摘した第一期プリペイドカード時代の栄枯盛衰で得られた教訓と全く同じものです。
私見ではありますが、ビットワレット社が一度立ち止まって再検討をすべきであった機会が数回あったと思っています。
その中でも、Suicaとの連携とセブンイレブンからの依頼に関するビットワレット社の判断は、その後に大きな影響を与えたと思っています。
具体的には、
①交通系Suicaとの事業連携が実現できなかった時です。
Suicaのメモリー空き領域にEdyを搭載する共通端末の検討がなされたが、両者の話し合いがまとまらず、開発は中止になった。
Suica仕様の全国共通交通網構想を考えれば、電子マネー事業者としては最大のチャンスであったと考えられます
②セブンイレブンからの依頼を断ったことです。
セブン-イレブンより、セブン-イレブン向けに独自ブランドの電子マネーの仕組みを開発・提供の依頼に対して、Edyのビジネスに大きく影響することはないと断る。それ以降のCVS加盟の経緯を見ると、WINWINの関係を
目先(Edyがセブンイレブンに縛られてしまう。自分たちの構想と離れてします等)の判断で断ったことは残念です。
もし、クオカードの前身(セブンイレブンカード)前後の歴史と、その後の展開を分析すれば、もう少し違った判断ができたのではと思います。
③「 FeliCaプラットフォーム事業」を受託できなかったことです。
「 FeliCaプラットフォーム事業」を受託できず「フェリカ・ネットワークス」で事業化(ソニー意向)。 FNに対して高額のプラットフォーム使用料を追加で支払うこととなったことです。
FeliCaを前提に事業展開するビットワレット社にとって、事業インフラとなるFeliCaプラットホーム使用料を支払うことは全く予定になかったことではなかったのか。既にこの時点で、Edy電子マネー事業に対するソニー側のスタンスが変わったと判断すべき事柄だったかも知れません。
いづれにしても、今だから勝手に言えることで、それを証明することはできません。
歴史的洞察と背景を読み解く思考力、それらを軸として「汎用プリペイド決済ビジネスの最終的なベネフィット」を生むためのモデルを、これまでの歴史から材料を抽出し改めて考えていく必要があると思います。
プリペイド決済ビジネス参入への視点
さて、プリペイドカード・電子マネービジネスに参入すること自体は、さほど障壁は高くなく、ハウス型モデルの場合に関しては、マーケティングツール、顧客の囲い込み・維持など販促ツールとして、ポイント戦略と併用・連動することで、一定の効果を上げているといえます。
カード戦略研究所作成
企業側が、何のために、どのような効果を期待して導入をしようとするのか、その目的に応じてプリペイド決済の形態・特徴(上図)を選択し組み合わせ、適切な戦術を構築することがハウス型プリペイド決済ビジネスの基本的なアプローチと私は理解をしています。
また流通型、インフラ型プリペイドカードビジネス、とりわけ電子マネービジネスは、日銀のレポートにおいても年々増加傾向を示し、新聞報道でも取り上げられていますが、取扱高、収益性の観点から見ると、本業あるいはグループに支えられているのが現状であり、消費者利用面でも、Suicaなどを除いて、ポイントサービスなどが無ければ利用拡大も望めない電子マネーも多く見受けられます。
電子マネーがキラーアプリか、ポイントサービスがキラーアプリなのか、そんな疑問も湧いてきます。
一方、汎用プリペイド・電子マネービジネスは、汎用故に「どこでも、だれでも、いつでも」というサービスを提供するために、会員獲得においても、インフラ整備(加盟店網)においても、相手との交渉で、なかなか主導権が取れず、時間、コストを莫大に費やさなければならない構造を持っていることを十分に理解しなくてはならないと歴史が教えています。
イシュア・加盟店・利用者のWINWINの関係を、このような構造の中で、どう築くことができるのか、汎用型ビジネスはハウス型以上に利害関係が多層化することと、少額市場ゆえに、より規模のビジネスとしての要求が厳しいことも含め、成功への要件は狭められると言えます。
Edyは楽天Edyとして新たなステージに立ちましたが、VISAやJCBといったブランドライセンシーに軸足を置くのか、あるいは楽天戦略の基盤に立って電子マネー事業を展開するのか、そのカギはEdyにあるのではなく、楽天の企業戦略の中で、Edyをどう位置づけるのかにあるようです。いずれにしても今後の展開を注目したいと思います。
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