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公開日: : 最終更新日:2018/02/21
国内キャッシュレス決済比率「19%」は本当か
プリペイドカード決済の光と影<6>の最終稿を掲載する予定でしたが、キャッシュレス化比率に関しての最近の報道やレポートを見て、どうしても気になり、今回は日本のキャッシュレス化比率に関して、私なりの見解を述べてみたいと思います。
「日本は諸外国と比較するとキャッシュレス化が遅れている。」本当に遅れているのか、それが今回のテーマです。
11月にNHKテレビの情報番組でも、政府が発表しているデータを取り上げ、海外に比較してキャッシュレス化が遅れていると報じられていました。
また先日私が参加したセミナーで、海外の講師が、同様のデータを持ち出し、日本ではキャッシュレス化が遅れていると発言されていました。
どうやら、政府側が発表しているデータに、「遅れている」という情報の根源があることが分かりました。そこで、その政府データを検証してみたいと思います。
そんなことしてどうなるのか、とのご意見もあると思いますが、もし提供されているデータが誤っていたらどうでしょうか。
誤った認識が世界に発信され、日本の政策も誤った情報を元に予算化され施行されることになります。当然、政府の政策を前提に経営戦略を展開する民間企業にも影響が出てくることが予想されます。
経産省資料にみる「キャッシュレス化比率」に関して
経済産業省が作成した「FinTechビジョンについて」(2017年)、「キャッシュレスの推進とポイントサービス」(20016年)において使用されているキャッシュレス比率を元に「再興戦略2017」では、キャッシュレス化推進に次のような見解を示しています。
ここで述べられている方針に間違いはないと思われますが、この方針を導き出した元になるデータに疑問があります。下図がその「キャッシュレス決済の利用状況」を示した経産省のデータです。
この図の中で「キャッシュレス決済額と民間消費支出に占める比率を詳しく見てみたいと思います。
まず、この図で分かることは、
①ここでいうキャッシュレス決済とは、クレジットカード決済額(日本クレジット協会)とデビット決済額(日本デビットカード推進協議会)、さらに電子マネー決済額(日本銀行)を指していることです。
②ただし、デビットカード決済額はJ-デビットの決済額、電子マネーは日本銀行レポートで発表されている電子マネー統計に限定したものです。
以上を前提にキャッシュレス決済比率19%(18.8%)が導き出されているのですが、それぞれに具体的な数値を当てはめると、
カード戦略研究所作成
①クレジット決済額 | 49兆8000億円 |
②デビット決済額 | 0.4兆円 |
③電子マネー決済額 | 4兆6000億円 |
キャシュレス決済総額 54兆8000億円 |
となります。
このキャッシュレス総額54兆8000億円を分子にして、分母に最終民間消費支出額294兆円(名目)を置いて算出したものが、キャッシュレス決済比率19%となります。
この算出の前提となった電子マネー決済額4兆6000億円を、キャッシュレス比率に採用したことが、果たして妥当なのか、私なりに疑問点を述べてみたいと思います。
もちろんキャッシュレスの対象となる決済は、広くは現金以外のCVS収納や口座送金などを含めたものから、カード決済、電子決済などに対象を絞った狭義の解釈もあるため異論はあると思われますが、それでも経産省の使用するデータには疑問が残ります。
例;クレディセゾン資料にみる日本の決済分類
クレディセゾン決算資料から
日銀電子マネー決済額だけを何故算出根拠としたのか。
本来でしたらクレジット決済、デビット決済を対象としたのであれば、プリペイド決済とするのが一般的な見方であるとおもいますが、経産省では日本銀行のレポートで報告されている電子マネーを対象にしています。
そこでまずは対象となった日本銀行のレポートを見てみたいと思います。
日銀レポートの電子マネーに関して、その特徴を示したものが上図です。
見て頂ければお分かりの通り、日本の電子マネー全体を補足している訳ではなく、ましてやプリペイド決済全体を補足した決済額でもないことが分かります。
代表的な電子マネー8社の決済額、それも交通系電子マネーに関しては乗車代金を含まない決済額だということです。
そうなると、この日銀レポートの電子マネー決済額だけでキャッシュレス決済を構成するプリペイド決済額とするのは妥当性に欠けるのではないでしょうか。
それともプリペイド決済額を算出するための適当なデータが、他には見当たらないということでしょうか。
日本のプリペイド決済額
日銀電子マネーよりも、客観的に日本のプリペイド決済額を把握することは決して難しくはありません。次に示した図は、金融庁が発表している「前払式支払手段の発行額等の推移」です。(以前にも掲載)
前払式支払手段とは法律用語(資金決済法)でプリペイド決済を指しています。
日本においては商品券やプリペイドカード、電子マネーカード、Webマネーなど様々な媒体・記号を使った前払型の決済手段が該当しますが、具体的な事例図を参考までに紹介します。
また、上図では発行額(チャージ)と回収額(決済額)が表示されていますが、その差が小さいこともあり、今回は発行額ベースで見ていくことにしました。
金融庁に届けられている前払式支払手段事業者の前払式支払手段(プリペイド決済)の発行額は、日銀電子マネー発行額よりも実態を反映しており(法律に則って届けられている数値)であり、むしろこのデータ数値をキャッシュレス化比率の算出に採用する方が妥当であると思います。
もし、電子決済を対象にしたというなら紙型の商品券等の発行額を除するのが適切だと考えられます。
金融庁の前払式支払手段(プリペイド決済額)の発行推移を見ると、経産省のキャッシュレス化比率算出時(2015年度)のプリペイド決済額は約24兆円となっています。
経産省では日銀電子マネーの4兆6000億円としていますので、単純な計算をすれば<24兆円-4兆6000億円=19兆4000億円>約19兆4000億円がキャッシュレス決済比率の分子から消えたことになります。
経産省のキャッシュレス決済比率と、金融庁データを元に算出されるキャッシュレス決済比率を比較すると次のようになります。
カード戦略研究所作成
図で示した通り、私見ではありますが、素直に算出すればキャッシュレス決済比率は、民間最終消費支出を分母とすれば約25%になります。
さらに、クレジット、デビット、プリペイド(前払式支払手段)の3決済金額以外の、電子送金(口座振替・送金等)などを含むと比率はさらに高まります。
また、各国との比較をしていますが、算出の根拠、対象が本当に同じなのかも十分に確認する必要があります。
例えば、比較対象となっている国では、ATMを使い(口座振替・送金)支払いをしているものまでデビット決済としていることはないのかなどの調査です。
もう一つ加えますと、最終民間消費支出の項目には乗車料金やギャンブル等の料金も対象となっており、もしキャッシュレスの対象から、これら(パチンコカード、IC乗車券)を除くのであれば、分母となる最終消費支出額からも、パチンコ業、乗車料金を除さなければ、正確なキャッシュレス決済比率は算出されません。
決済文化革命時代へ
キャッシュレス化に関しては、通貨の流通量や残高の動向、個人消費行動での決済手段の動向、決済インフラ・手段の進展、イノベーション、決済文化の歴史、民度、グローバリゼーションなど多様な要因、背景を俯瞰して、新たなキャッシュレス文化を画く必要があると私は考えています。
野村資本市場クォータリー2016より
そのためにも、アバウトなキャッシュレス決済比率で日本再興、FinTechビジョンを示すのだけではなく、様々なデータを用いた分析が必要とだと思います。
確かに紙幣流通残高(GDP比)を見ると、諸外国に比較して断トツに紙幣流通量が多いことが分かります。その意味では「現金社会」と言われることは的を得ています。
大きなベクトルが示す方向は、経産省の考えに反論は無く、キャッシュレス化40%への促進もポジティブに受け止めていますが、ただアバウトなデータで「日本はキャッシュレス後進国」とネガティブな情報が発信されることを「よし」とは思いません。
むしろ「キャッシュレス」を飛び越え「キャッシュそのものが進化」あるいは「決済手段の進化」など、決済文化革命時代を迎えるなかで、「後進国」のレッテルを貼るのではなく、文化「成熟国」としての決済イノベーションを追及すべきという立ち位置を発信すべきではないかと思います。
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