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公開日: : 最終更新日:2017/10/18
カードビジネスを俯瞰する
プリペイドカード事業を規制するプリカ法(前払式証票の規制等に関する法律)が施行されたのは平成2年10月1日です。
その後、サーバー型プリペイド決済や資金移動業などの業務も対象とする「資金決済法」が平成22年4月1日より施行、さらに仮想通貨サービスなどが適切に実施されるように「改正資金決済法」が平成29年4月1日より施行されました。
金融庁パンフより
詳しくは、改めて説明する機会を設けたられたら思いますが、決済・金融をめぐる動きは、ITCの進化とグローバル化の進展につれて、大きく変わろうとしています。
そのサービスが安全かつ適正に行われるように、関連する法制度の整備も従来以上にスピード感を持って進んでいます。
財務省、金融庁関連の法律は、従来慎重の上にも慎重にとの手続きで、現実よりも何歩も遅れて立法化されてきましたが、資金決済法から改正資金決済法の施行(但し、仮想通貨事業などの参入規制は高そうですが。)は、リニアモーターカー並みのスピードで法整備され、昔の行政を考えると隔世の感があります。
プリペイド決済の光と陰<4>
話は少し戻ります。電子マネーEdy(今は楽天Edy)についての話です。Edyについては、当事者の立場から纏められたレポートや、ジャーナリスト・専門家からの解説などが既に発表されています。
ここでは、Edy誕生の前から関係者に話を伺ったことや、誕生後の経緯を第三者の目で見てきたことを、私なりの知見を通して述べてみたいと思います。
Edyを知るためには、まずソニーを知る必要があります。
世界を凌駕した電子機器メーカーであるソニーの出井社長(2000年当時)が、幹部を前に 「ハードで儲けるのではなく、サービスで収益を上げる『収穫逓増型』のビジネスを目指すこと」 「インターネットにつながる四つのゲートウェイとして『パソコン』『携帯電話』『ゲーム機』『テレビ』をソニーの戦略の要にすること」などを重点施策として、これらのインキュベーション機能として社内ベンチャー制度を作り、新規事業を立ち上げていくことなどの新規施策が打たれていたそうです。
そのような企業気風を背景に電子マネー事業が生まれてきたことは間違いありません。
しかし、当初電子マネー事業計画を部門の最高責任者に上申した時には、「電子マネーを普及させるのは困難」 「インフラの整備に金が掛かる」 「電子マネーは儲からない」となかなか信じてはくれなかったそうです。
ソニーとEdyを語るには、もう一つ大事な背景があります。それはソニーの非接触IC技術「FeliCa」の存在です。
「FeliCa」の戦いと苦悩
カードに関わって来た多くの人々にとって最も印象深い「FeliCa」の戦いと言えば、ISO規格の認定に纏わる話です。カード規格の歴史は、既に末藤先生のコラムでも紹介されたように、磁気ストライプカードの時代から始まっていました。
キャッシュカードやクレジットカードが日本国内で使われている内は、日本の規格(JIS規格)に準拠していれば、銀行やクレジットカード会社が違っていても全国どこでも利用できる利便性に何の問題もありませんでした。
しかしグローバル化が進み、日本から海外に、海外から日本に人が大きく移動する時代に入ると、海外では日本のクレジットカードが使えない、日本では海外のクレジットカードが使えない(キャッシュカードも同様)という事態が発生しました。
既にご承知の通り、海外の金融カード(キャッシュカード・クレジットカード)の磁気ストライプはカードの裏面に貼付されているのに対して、日本では表面に貼付されており、カードリーダ(ATM含む)では、それぞれ一方しか読み取れないようになっていました。
そのため日本のクレジットカード会社は、カードの裏面にも磁気ストライプを貼付し海外でも利用できるようにしたわけです。
これが海外用JISⅠ型、日本独自用JISⅡ型として、現在の日本のカード規格となっています。このダブルスタンダードによる功罪は、日本のカードビジネスに多くの反省と課題を残しました。
そのトラウマから接触IC搭載の金融カードの規格に関しては、世界規格とダブルスタンダードになることは避けたいと、当時世界の金融系グローバルスタンダードとして発表されたEMV(ユーロペイ・マスター・VISAの頭文字)仕様(金融系業界スタンダード)を採用したのです。
それに並行して、日本では非接触ICカードに対する機運が高まりつつありました。
当然、クレジットカードやキャッシュカードへの搭載を考えるなら、グローバル化は避けて通れないとの判断もあり、日本生まれの非接触IC技術を世界仕様(ISO規格)に認定させようと水面下での動きが始まりました。
ただ既に欧米メーカーの仕様である非接触IC仕様がISO規格として検討が進んでおり、それが俗称でタイプA、タイプBといわれるものでした。日本は、これに対してソニーが開発した「FeliCa」をタイプCとして申請をしました。
当時日本側のISOの委員をしている方に状況を逐次聞いていましたが、なかなかタイプCが議題にならなかったり、のらりくらりの状況で、どうやら欧州勢の委員の対応が厳しいとのことでした。
その話を聞いて思い当たることがありました。それより以前に、接触ICカードのキラーコンテンツになるのではと期待されていた英国発の電子財布「MONDEX」カードが日本で紹介され、その実証実験地である英国の小さな町スウィンドンに多くの日本の企業が視察に訪れました。
私も視察団を企画、JR東日本、JCB、NTTデータ、日立、松下、大日本印刷などの参加を得て総勢約20名近くで、スウィンドンを始めフランス銀行協会など欧州各地を回り、最後にオランダでカード・通信関連したカンファレンスに参加しました。
その折です、会場に途中から入場すると、暫くして私たち日本の参加者の方に目を向けて、講師が何やら「FAXがどうのこうのと・・・」話をし始めました。
突然のことでしたので、何を話しているのだろうと気にも留めなかったのですが、どうやら「日本はいいね。日本のFAX仕様が、ISOの規格に認定され、いいビジネスになっているだろう。」という趣旨の内容であることが、後で通訳から聞きました。
欧州では、そんな風にISO規格に関して思っているのか。タイプCがISOの委員会で苦戦している話と、このFAXの話がダブって頭を過ぎりました。
案の定、タイプCとして提案された「FeliCa」は、ISO規格には認定されませんでした。委員長であるフランス代表から、既にタイプA(フィリップス)タイプB(モトローラ)が普及しており、これ以上増やす必要がないのではと言うことで、タイプCを始め申請された仕様は全てISO規格にはなりませんでした。
技術の優劣ではなく、他の力が働いたのか、この決定がソニー「FeliCa」の世界戦略に大きな障壁になったことは間違いありません。
端的な例はWTO協定において、各国の政府調達を行う場合は、国際規格を原則とすることを義務づけられたため、日本の政府系の非接触IC調達は「FeliCa」を対象外にせざるおう得ないことになりました。
事実、運転免許証、パスポート、住基カード、マイナンバーカード等々は全てISO規格のタイプBが採用されています。
カード戦略研究所作成
それは世界の金融系カードに関しても、その影響は明らかです。
接触ICカードの金融系世界標準仕様であるEMVに接続する通信仕様は*NFC (Near field radio communication)が採用されましたが、カードはタイプA/Bを搭載、「FeliCa」は対象外となりました。
これは「FeliCa」が世界の市場では戦えないことを意味し、その後、日本国内を席巻しながらガラパゴスと言われる要因の一つとなりました。
海外での戦いが続く中で、国内でも「FeliCa」の水面下の苦闘が続いていました。
詳しい内容は、関係当事者の方々が著述された書籍・レポートを参照して頂ければと思いますが、携帯電話に「FeliCa」を搭載することをNTTドコモへ提案、長年開発に携わったJR東日本との折衝、大手銀行団とのキャッシュカードへの搭載に関する交渉と、いばらの道が続きました。
そうした交渉の中で「FeliCa」を使ってもらうだけの企業スタンスから、自ら「FeliCa」を使ったビジネスが必要とする思いが、さらに強くなったと関係者の声が聞こえてきました。
このような強い「FeliCa」への思いを背景に、未踏の電子マネー事業にソニーは足を踏み入れることになりました。
しかしこの強い「FeliCa」への思いが、電子マネービジネスの成功という道を遠ざけてしまったのではないか。次回は、電子マネーEdyビジネスをめぐる軌跡と、その課題について、私なりの見方を述べてみたいと思います。
*NFC(Near field radio communication):ソニーとNXPセミコンダクターズ社(旧フィリップス社)が共同開発した、近接型・非接触ICカードと同じ13.56MHlzの周波数帯を利用する、近距離無線通信の技術方式の名称でISO/IEC国際標準規格となっている。
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