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公開日: : 最終更新日:2017/07/03
トンボの目 カードビジネスを俯瞰する
はじめに
今回、初めて執筆メンバーとなりました中村敬一です。
末藤先生の功績、小河先生のこれまでの労作を拝見し、自分でいいのだろうか自問自答する日々でしたが、小河先生の推薦と伊原編集長の激励を頂き、恥を承知でメンバーに加えて頂くことになりました。読者の皆様方の厳しいご意見、ご指導等をよろしくお願いします。
プリペイド決済の光と陰<1>
第一回は、私が本格的にカードビジネスを研究するきっかけとなった、プリペイドカードについて書いてみたいと思います。末藤先生、小河先生はクレジットカードを中心にキャッシュレス化について語られてきました。
クレジットカードはカードビジネスの雄であり、最も成熟した形です。長い歴史の中で、規制に翻弄されながら、不正(犯罪)と戦い、国際化(グローバルスタンダード)を乗り越え、技術革新を活用して、今日のビジネスモデルを確立しました。
プリペイドカードやデビットカードは、そうした荒波を乗り越え、独自のビジネスモデルを確立したかと問われれば、まだまだ課題は多く残されていると私は思っています。
カードビジネスとは何か、そしてキャッシュレス化に果たすべき役割とは、
少し大げさですが、そうしたテーマを念頭に、プリペイドカードビジネスに関して、思うところを述べさせて頂きます。
1.日本のプリペイド決済市場の現状は
今、日本におけるプリペイド決済の市場規模はどの位なのでしょうか。それを正確に知ることができる公のデータが、金融庁がまとめている「前払式支払手段の発行額等の推移」です。

図表1 前払式支払手段等の推移
図表1データでは、平成27年度の前払式支払手段の発行金額は約24兆円となっています。ここでいう前払式支払手段とは、プリペイド決済のことで、商品券やギフト券、磁気プリペイドカード、オンラインギフトカード、電子マネー、ネットマネー等を対象としています。
この24兆円という発行額をどう見るのか、例えばクレジットカード(平成27年度で約50兆円/28年度で54兆円)と比較すると約50%になり、思った以上にプリペイド決済が普及しているように思えます。
では一体どのような分野で24兆円が発行されているのでしょうか。
確かに都会ではサラリーマンの一日を考えると、自宅から会社まではSuica(交通系電子マネー)で、駅のキヨスクで新聞をSuicaでピぃー、スタバに寄ってスタバカード(オンラインプリペイド)、昼には近くのCVSに行きnanaco(流通系電子マネー)で昼食、帰りに街ナカの回転寿司で一杯この支払いも交通系電子マネーでと、プリペイド決済で一日を終えることも可能な環境が身近にあります。
それでも24兆円は実感が湧いてきません。金融庁のデータでは全体の集計だけで、どんな分野で、どの位のプリペイド決済が行われているのかは不明です。
そこで24兆円の中身を知る手掛かりとして、私が活用しているのが一般社団法人日本資金決済業協会発行の「発行事業実態調査統計」です。
本統計は前払式支払手段事業者を対象に毎年実施されるアンケート調査で、業種別の発行額の推移、媒体別発行額などを詳細に集計し、その結果を公表しています。

図表2 業種別発行額の推移
さて、図表2では平成27年度の発行高は約21.5兆円となっています。
金融庁の同年度データ(約24兆円)と比較すると少ないのですが、これはアンケート調査に当たって無回答の企業があるためで、発行額全体で考えれば90%を補足しており、十分に分析に耐えられるデータであると言えます。
そこで、図表2から21.5兆円の中身の一部を探ってみたいと思います。
①24兆円市場の中身とは
図表2「業種別発行額の推移」をよく見ると、急激に変動した年度と業種があります。
平成25年度
業種 | 発行専門会社 | 発行額 | 約15兆1500億円 |
業種 | その他 | 発行額 | 約3800億円 |
平成26年度
業種 | 発行専門会社 | 発行額 | 約1兆5000億円 |
業種 | その他 | 発行額 | 約13兆6000億円 |
お分かりだと思いますが、平成25年度と26年度とでは、「発行専門会社」と「その他」の発行額が、全く逆転してしまっていることです。協会側のミスではありません。実はここにヒントがあります。
25年度まで「発行専門会社」に分類されていた業種が、26年度より「その他」に分類されることになったのです。その業種が遊技業界(協会では非公表)と推測され、3800億円が13兆6000億円に急増(専門会社は急減)した要因と考えられます。
単純に「その他」が13兆円とすれば、26年度は約21兆7000億円(総発行額)の約60%が遊技業界の発行額となり、残りの約8兆円が一般市場のプリペイド発行額となります。
平成27年度では、総発行額約24兆円(金融庁データ)から約13兆円弱を除いた約11兆円弱が、遊技業界を除くプリペイド決済市場と見ることができます。
因みに読者の皆さんは、何故遊技業界を除くのかと疑問に思われるかも知れませんが、プリペイド決済市場での遊技業界のシェアが高すぎ、その他の分野・業種での推移・傾向値が埋没し、分野・業種別の傾向が見にくくなるため遊技業界を除いた数値を、プリペイド決済市場動向では採用しています。
②電子マネー市場の見方
さて次に、「発行事業実態調査統計」で示された業種別発行高の一部に、日頃新聞報道等で知らされている情報と少し異なるデータがあります。
平成27年度
業種 | ①発行専門会社 | 約1兆6000億円 |
②スーパ― | 約1兆9000億円 | |
③運輸 | 約1兆5000億円 | |
④クレジット | 約3兆円 |
上記のデータでは、4業種で約8兆円のプリペイドを発行、その額はプリペイド決済市場(11兆円)の約72%を占め、全体の動向に大きな影響を与えるシェアとなっています。
この数値の中には、商品券や磁気のプリペイドも含まれますが、多くはIC型の電子マネーとサーバー型の電子マネーだと推測されます。
その根拠は日銀の決済動向調査データです。同データでは我国の電子マネー発行高に関して、平成26年度で約4兆円、28年度で約5兆円と発表しています。
(ここでの電子マネーは、専業系:楽天 Edy 、交通系:Suica、PASMOなど、流通系:WAON、nanacoのプリペイド方式 IC 型の電子マネーを対象にしたもの)
皆さんの中には、上記4業種の発行高と比較して②スーパーの発行高と④クレジットの発行高が、新聞などで日頃報道される数値とギャップがあると思われる方もいるのではないでしょうか。
例えばイオンのニュースリリースでは、『イオンの電子マネー「WAON」の2015年度の年間利用金額が、国内IC型電子マネーで初となる2兆円を突破しました。』と公表しています。
WAONだけで、②スーパー1兆9000億円を超えてしまいます。他のnanacoなどの流通系電子マネーはどこに消えてしまったのでしょうか。これこそ協会のミスでしょうか。
実は日本資金決済業協会発行の「発行事業実態調査統計」の発行高は、発行主体の業種を基本ベースにカウントするために、一般認識と異なっているのです。
例えばnanacoは、セブンイレブンなどIYグループ傘下の小売業で主に使われますが、nanacoの発行主体は、グループ内のクレジットカード会社「セブンカード・サービス」となっているため、協会統計ではクレジット業にカウントされています。
これで④クレジットの約3兆円の疑問もお分かりいただけると思います。
他にも、PASMOは、鉄道会社が出資して設立された発行専門会社で、交通系電子マネーであっても、発行専門会社に分類されていると思われます。
最も信用できるデータを公表している「発行事業実態調査統計」ですが、その分類方法に関して、十分な理解の元で、プリペイド決済市場の中身を把握することが重要だと思います。
業種ごとの発行高の推移と背景を正確に把握することができれば、今後の市場動向と可能性を、比較的高い精度で探ることができます。逆に誤った認識で予測をしてしまうと、見通しを誤らせてしまいます。
今回は、プリペイド決済市場の一部を、複数のデータ(目)で見てみましたが、次回からは、丹念にデータを利用しながら、プリペイド決済を歴史的視点、ビジネスモデルの視点、マーケティングの視点などから「光と陰」を検証してみたいと思います。
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