公開日: : 最終更新日:2015/07/05
ザル法と無法地帯
まえがき
皆さんご存知のとおりクレジットカードについては直接的に全体を規正する法はありません。極端にいえばこれは「法律の欠落」です。
しかし独立した規正法が無くても、クレジットカード業界は立派に育ち、さまざまな悪と戦い、社会生活にしっかりと根をおろしています。
しかし、法律が欠落しているがゆえに、その弱点に付け込んだ犯罪が発生します。本項では、裏から見た法律の話をしてみようと思います。
ザル法、法律の抜け穴、法律の欠落、法律と現実の格差、などの言葉が浮かび上げってきます。クレジットカードの領域に照準を合わせながらこの問題を考えることが本項の目的です。
しかし、目的に沿った答えは見つかりませんでした。
1. ザル法とは
ザル法とは、法律で禁止・規制されているが、例外や抜け道の余地が多く、事実上その法律が有効であると言えない状態になっている法律をいいます。
米国では禁酒法がザル法の典型といわれています。
同法は、お酒の売買、製造、密輸を禁止していましたが、医者の処方箋で薬としてお酒を飲む、施行前から蓄えていたお酒をのむ、あるいはカナダへ出かけてお酒を楽しむ、などはすべて合法としていました。
日本では、政治資金規正法や買収禁止法がザル法の好例といわれています。
2. 法律の無法地帯とは
よく「法律の抜け穴」という言葉を耳にします。法律の抜け穴は「脱法行為」そのものではありません。「法律上の欠落」と「法律と世間の常識とのギャップ」とを組み合わせた意味をもっています。
「脱法行為」とは、「違法性を認識しながら意識的に法の適用を免れようとする行為」です。
一方、「法律と世間の常識とのギャップ」とは、法律上定められた考え方と世間一般の常識とが異なること」です。
例を挙げて説明します。他人の話を盗み聞くことは世間一般の常識から言えば好ましくない行為ですが、日本では盗聴そのものを規制する法律はありません。
法律上は「たんに他人の話を聞いた」だけの意味となり聞いた人は罰せられません。
ただし、盗み聞きをするために他人の家に住居侵入して盗聴器を据えつける行為、あるいは盗み聞いたことを他人に洩らして名誉を毀損する行為は、刑法によって住居侵入罪あるいは名誉毀損罪という罪名で規制されています。
1. クレジットカード犯罪取締法の欠落期間
今から30年ほど前の話ですが、クレジットカード関連の犯罪については、以下に示すように、最長10年間も規正法が存在しない期間がありました。
隣国の犯罪グループがこの空白地帯に目をつけて、大挙して日本に密入国してきました。ここで言う空白期間は、ある犯罪が初めて発生した時から取締法が制定された年までの期間のことです。
犯罪態様 | 始期 | 取締法の制定時期 | 空白期間 |
---|---|---|---|
カード偽造、ATM犯罪 | 1981年頃 | 1981年刑法改正 | 6年間 |
パチンコカード偽造 | 1985年頃 | 1989年前払式カード規正法 | 4年間 |
スキミング、など | 同上 | 2001年刑法改正 | 6年間 |
集団密入国、 蛇頭 | 1990年頃 | 1990年入国管理法改正 | 7年間 |
マネーロンダリング | 1993年頃 | 2000年組織犯罪処罰法 | 7年間 |
2001年外為法改正 | 9年間 | ||
2002年本人確認法 | 10年間 | ||
ピッキング | 1998年頃 | 2003年ピッキング規正法 | 5年間 |
ヤミ金 | 同上 | 2003年闇金融規正法 | 5年間 |
2. まだ残っている無法地帯
まだ残っているケースを探しました。以下の4っが見つかりました。
盗聴
現在、日本では盗聴に関しては規制法はありません。盗聴器の製造、販売、設置、所持、配布、盗聴行為そのもの等は法制上は野放しになっています。
盗聴器を据えつけるために他人の家に無断ではいれば、刑法の住居侵入罪で、あるいは電波法違反で間接的に規制されています。
オンラインアイテムの借りパク
不正アクセスを伴わない、オンラインゲームのアイテムの盗難、俗に言う「借りパク」(借りてパックてしまう)に対しては、法律は無力だと言われています。
アイテムを窃盗罪の「財物」と認定できるかどうかについて学説が分かれているからです。
企業通貨
買物をした場合与えられるポイント、航空会社のマイレージポイント、電子マネーのポイントのような企業通貨を運営する企業本体が倒産した場合は、ポイント所持者を救済する法律はないようです。
既存の法律がケースバイケースで適用されています。前払い式カード規正法がその好例です。
マンスリークリア決済
2008年の改正により、割賦販売法の第2条の「割賦」の定義が見直されました。
従来の「2ヶ月以上かつ3回以上」の分割払いに加えて、「2ヶ月以上後の1回払いと2回払い」も分割払いとされて同法の規制対象となりました。
しかし、「翌月1回払い」(マンスリークリア)は、たんなる決済方式としての性格が強いという理由により、割販法の規制の対象外とされました。
その後、このマンスリークリア方式を悪用するトラブルが急増しています。サクラサイト商法(注1)や情報商材(注2)においてこの1回払い方式が利用され、その結果、加盟店調査義務を課されていないクレジット業者や小規模店舗が取引内容を把握できない悪徳商法が多発しています。
(注1) サクラを使って利用者から金銭を騙し取る商法です。
(注2) ネット上で、ハウツー、株式売買成功法、異性にもてる方法競馬必勝法などの情報を売りつける商法です。
3. ザル法の下・無法地帯で蠢く悪徳業者など
例を5つ挙げておきます。まだ外にあるかもしれません。教えてください。
名簿屋
名簿屋とは、個人を特定できる情報を整理して検索できるような状態にまとめた形にして、これを売買する業者のことです。彼らは通常5,000件を超える個人情報データベースを商売の種に供しています。
個人情報保護法23条2項は、本人から削除の申し出があった場合は、必ず削除することを条件にして、個人情報の販売を認めています。
名簿屋の中には、資産を持った高齢者やキャバクラ女性・ホステスの名簿を専門に扱う悪徳業者が多数います。
キャバ女性はお金に困っている、あるいは必要としている人が多くヤミ金融業者が格好のカモとなっています。また、彼らは、適当な社団法人の名目で高齢者の相談に乗る形(エンディングサポート)で個人情報を集めています。
上記23条2項は「あらかじめ本人に通知し、または“本人が容易に知りうる状態に置いているとき」という文言があります。この文言が問題です。
常識的に見て、誰だとわからない名簿業者を探し出しことは困難です。到底「容易に知りうる状態」とは言えません。
まして、この業者Aが同業者Bに、そしてBがCに情報を提供するという連続横流しが続いた場合は、Aを探し出すことは不可能でしょう。この意味で、個人情報保護法はまったく効果なし、ザル法と言われて当然です。
クロスボーダー取引を悪用する業者
悪徳名簿屋から個人情報を入手した特殊詐欺(旧名:オレオレ詐欺、振込め詐欺、母さん助けて詐欺、など)犯の首謀者は自分の存在を隠し、逮捕を免れるために外国(主として中国)に本拠を構えて日本に電話してきます。
また、決済代行業者のうち悪意のある業者は、決済関連データをわざと国外に持ち出しで処理し、本来の業者や官憲の追及を晦ましています。
さらに問題視されているのが、これら業者のデータ保護セキュリティの弱さ、データ保持・管理の杜撰さです。
クレジットカード会社はPCIDSSに基づく確実なセキュリティ網を築き上げ、決済代行業者に対してもこれを守るよう求めますが、代行業者の段階でこのセキュリティ体制はで弱くなりがちとなり、不正アクセスの格好のカモとなります。
データセキュリティ管理の杜撰さとクロスボーダー取引の悪用がセキュリティ関係ルールの抜げ道となっています。
コンピュータウイルス作成・頒布者
不正ウイルスに関する法規制は従来は刑法の業務妨害罪が適用されていましたが、その後、電子計算機損壊等による業務妨害罪が新設されました(234条の2)。
しかし、両条項の関係は明白でありません。また、ウイルスの作成や有害プログラム(予期しない、または望まない影響を及ぼす悪意・害意のプログラム)を配布しているサイトに対しては、まだ明確な取締り規定はありません。
また、不正アクセス禁止法は国内法ですので、海外から配布された不正ウイルスの発信元を抑える力はありません。
出会い系サイト運営業者
警視庁の調べによると、児童・青少年に対する性犯罪は、最近、コミュニティサイトや出会い系アプリにシフトしているそうです。
出会い系サイト規正法第2条は、異性交際希望者と相互に連絡することができる役務提供事業者について厳格な定義を定めています。
コミュニティサイトや出会い系アプリはこの定義の枠外のサイトです。つまり、これらのサイトの運営業者は、出会い系サイト規正法の対象外となっています。
出会い系サイトのみを規制するこの法律は対象を失った形となり、ザル法と称されるようになりました。
貸金業法のもぐり屋
2010年に施行された改正貸金業法は総量規制として次のとおり定めました。
借り手は、
- 年収の3分の1以上はお金を借りることは出来ない。
- 専業主婦は自分名義でお金を借りることが出来ない(夫の承諾が必要)。
貸し手は、
- 15%~20%を超える金利でお金を貸すことはできない。
- 資本金5,000万円以上の大企業でなければお金を貸すことができない。
- 借り手の年収を確認する義務が新設された。
しかし、この法律には大穴があいています。その理由は、貸金業の看板をはずせば換言すると、消費者金融業やクレジットカード会社の名義でお金を貸さなければ、この法律は適用されません。
銀行の名前でお金を貸せば貸金業法の適用外となるわけです。最近、「xxx銀行カードローン」という広告がよく目に付くようになりました。
銀行の名前を使えば総量規制にかかわらずじゃんじゃんお金をかすことができます。 この法律がザル法と呼ばれる所以です。
一言つけくわえます。この改正法律の施行により、クレジットカーの現金化ビジネスとヤミ金融業者が増えたと伝えられています。つまり、同法は「法律をいくらいじくっても借金漬けの人の数は減らない」という教訓を示してくれました。
6. むすび
いろいろと訳のわからにことを書きました。法律って難しいですね。
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