公開日: : 最終更新日:2015/07/05
ATMをめぐる犯罪と対策
まえがき
ATMは、現金大好きな日本の社会を支える重要なインフラの一つとなって、われわれの日常生活に溶け込んでいます。
一方、一昔前までは、蛇頭に手引きされて日本に密入国してきた中国マフィアは、「日本では、道のいたるところに金庫(ATM)がごろごろ転がっている」と言って喜んでいました。
現在は、ATMは悪名高いオレオレ詐欺の重要な道具の一つとなっています。ATMは便利ですが危険でもある代物です。本項では、すこし突っ込んでATMについて調べてみましょう。
1. ATMとは
ATM(automated teller machine)とは、銀行や貸金業者が提供する現金出納などのサービスを顧客自身の操作によって取引できる機械のことです。
ATMの機能は次ぎの述べるように多岐に渡ります。なお、ATMは現金の引き出しと残高照合のみを扱うCD (cash dispenser, 現金自動支払機とは異なりますが、両者をまとめてATMと呼ぶこともあります。
2. ATMの誕生・・「ハブ&スポーク」の落とし子
1990年代、バブルが崩壊し、銀行は政府による「護送船団方式」という保護政策から切り離されて厳しい競争時代に入りました。
バブルの後遺症として当時の銀行は多額の不良債権を抱え、コスト削減と経営効率の強化を強いられました。
コスト削減を実現するのに最も手っ取り早い方法はあまり儲からない支店を整理すればよいのですが、これを推し進めると預金者に便利性を損ないます。
その結果考案されたのがいわゆる「ハブ&スポーク」方式です。これは、コスト削減と顧客離れの抑制という二律違反の要請を解決する苦肉の策です。
一つの大きな支店(ハブ)を残し、その回りに経営コストがかからないATM(スポーク)ばら撒くという構想です。ATMはこの構想の下、20世紀から21世紀の移行期に多くの銀行で誕生したといえましょう。
(筆者注)ATMは次に述べるようにフルスペック型と簡易型の2つに分けられます。フルスペック型の誕生日は残念ながら見つかりません。コンビニに置かれている簡易型は以下に示すようにはっきりしています。
3. コンビニATMの誕生
「ハブ&スポーク」方式によるATMの展開において大いに活用されたのが、全国に店舗を展開するコンビニとスーパーマーケットの活用でした。
銀行はこれらの店舗と提携し次々と簡易型ATMを設置していきました。その先頭を切った動きを次に紹介しておきます。
- 1998年11月、三和銀行(現:三菱UFJぎんこう)がローソン内に設置されていたCDによるサービスを開始しました。
- 1999年3月、さくら銀行(現:三井住友銀行)がam/pmでATMを設置しました。このATMには同年7月、「アットバンク=@Bank」という愛称が付けられました。
- 1999年9月、複数の銀行が共同で国内初のATM運営会社イーネットを設立、
同社は翌10月8日に第1号機の稼動を開始しました
4. ATMの機能
ATMは銀行に設置されているフルスペック型とコンビニなどの店舗に設置されている簡易型の2つに大別されます。
簡易型ATMは紙幣の入出金と残高照合を、一方、フルスペック型ATMは通常以下のとおりの機能を備えています。
(ア) 預貯金口座からの引き出しと口座への預け入れ(紙幣と硬貨)
(イ) 貸付金の現金返済
(ウ) 貸付金の引き出し
(エ) 預金残高の照合
(オ) 振込み、振り替え
(カ) 暗証番号の変更
(キ) 債権や外国通貨の購入申込み
(ク) 宝くじの購入、など
5. ATMに対する法規制
1980年代初めから1997年まで、大蔵省は、機械化行政に関する銀行局長通達を発出し、銀行が保有できるATM保有台数、設置場所、稼動時間帯などをきめ細かく規制しましたが、その後金融自由化の流れが進み、1997年同通達が廃止されてこれらの制限はなくなりました。
現在キャッシングやATM関連の手数料を規制しているのは、改正資金業法12条の八改正出資法5条の四並びに改正利息制限法6条です。
従来はこの手数料は金利に含まれていましたが、これら3法の改正により、手数料は個別表示となり、銀行はATM引出金額や引出曜日・時間帯でそれぞれ異なる手数料を徴集しています。
6. ATM犯罪とその手口
これまで実際に発生した事件を整理しました。
犯罪
粗暴犯罪
- かな梃子によるこじ開け
- 爆破
- パワーシャベルによる破壊と持ち去り
知能犯罪
- 振込め詐欺
- 来日外国人によるATMからの多額な現金引出し(自分の国のATMの引き出し上限額が低いので、日本に出向き引き出し上限額の高い日本のATMから引出す)
- 幼児誘拐(プリペイド式携帯電話、銀行の休眠口座、ATMを利用した誘拐事件)
- クレジットマスターなどの不正ウイルスによりPIN情報を探知し偽造カードを作成する
手口
ATMをめぐる犯罪は、まず暗証番号(PIN)を探知することから始ります。
- 生年月日、住所の番号などから暗証番号を推測する
- 酔わせて聞き出す
- 脅して聞き出す
- ATMに入力されているPINを肩越しに覗き見する
- 警官やカード会社の社員になりすまして聞きだす
- ATM管理会社の社員からの情報横流し
- スキマーを使用する
- フィッシングサイトを利用する
- タッピング(ATM回線からの盗聴)を利用する
- エステサロンやゴルフ場では、客はロッカーの施錠になにげなく自分のPINを使うことが多いのです。犯人はこれに着目してロッカーに小型カメラを設置しておき、客が打ち込む番号を読取りPINを推測します
7. 犯罪対策
- ATMが読取りATM回線で流すクレジットカード情報をすべて暗号化する
(日本では、コンビニなどにおいてあるATMとカード会社間のやり取りはほとんど暗号化が完備していますが、海外でATMを使用する場合は、要注意です) - 監視カメラを設置する
- ATMに肩越しの覗き見の防止壁を設置する
- ATM製造・操作マニュアルを閲覧できる人を制限する
- 異なったPINを数回打ち込まれた場合(いわゆるためし打ち)、カードそのものを吸引する、あるいはATMそのものの動きをフリーズしてしまう装置を組み込む
- 粗暴犯罪に備え、外部から不当な圧力が加えられた場合、ATM内部に保管されている銀行券を切り刻む、あるいは特殊なインクで着色する装置を設置する
- PIN入力ボタンの配置を一定の間隔で変更する仕組みとする
- タッピング防止策としてATM回線とCAFIS回線の接続部分を強化する
- ATM取扱担当者は必ず複数として、相互チェック体制を確立しておく
- ATM側面に備えられた屑箱から中身が取り出せないようにする
8. 初期のATMをめぐって発生した有名な事件
(ア)近畿相互銀行オンラインセンター事件
1981年に発生した事件です。
犯罪行為・・・
(イ)磁気テープとカードの表面文字の改ざんによって偽造カードを作成し、990万円を引出しました。
(ロ)12枚の偽造カードを作成し、1018万円を引出しました。
刑法適用上の問題点・・・
当時の刑法は、この種の犯罪を想定していませんでしたので、次の点が裁判で争われました。
(イ)キャッシュカードは文書といえるか
(ロ)カードの偽造は私文書偽造罪にあてはまるのか
(ハ)偽造カードの使用は私文書行使といえるのか
これらの問題は結局最高裁まで持ち込まれ、次ぎの判決(昭和58年11月24日)が下されました。
(イ) キャッシュカードの偽造は私文書偽造罪で処断する
(ロ) ATMへの偽造カードの挿入はし私文書偽造行使罪で処断する
(ハ) 現金引き出しは窃盗罪で処断する
(イ) 富士銀行ゼロ暗証番号事件
1988年に発生した事件です。当時、銀行の窓口では顧客に対し「暗証番号は覚え易いように、生年月日や住所の番地で決めるとよい」と指導、一方カードの磁気テープにはPINをそのまま(平文)入力していました。
犯罪行為・・・
犯人はATMの屑箱から拾い出した利用明細書に記録されたカード情報を使って偽造カードを作成し、ATMから現金を引き出しました。
ゼロ暗礁番号方式の導入・・・
富士銀行はこの事件を契機に、これまでのPINの平文打ち込み方式を改め、磁気テープ上のPIN打ち込み位置には4つのゼロを並べて書き込み、自行のホストコンピュータに預金者のPINを記録して客が引き出し時に打ち込むPINと照合する現在の方式を採用しました。
9. ATMをめぐる思い出
私は機会があって1988年にソウルで開催された第24回ソウル・オリンピックと1994年に広島で開催されたアジアスポーツ大会に、VISAとMasterCardのグローバルATM展示の責任者として参加することができました。
当時初めてATMを見る人たちはATMを取り囲み、「あの箱の中には人が座っている」と囁きながら現金引出操作を見物していました。サッカーの神様(?)、ペレのサイン入りボールを貰いました。懐かしい思い出となっています。
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