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公開日: : 最終更新日:2018/08/31
カードバカ連載 カードあれこれ 第18回 「キャッシュレスの師匠」
半世紀近くクレレジットカード一筋に関わってきた“カードバカ”が、カードに関するあれこれを、独自の切り口で語ります。
カード研究家 小河俊紀
皆さん、こんにちは。カード研究家の小河です。
前回、人工知能の未来について軽いタッチで描きましたら、「面白い」とのコメントを多くの知人から、そして、まるで予想していなかった方からもいただき、この連載を書く執筆者冥利に尽きます。
地図情報が古いカーナビ
最近、ふと気付いたことがあります。
若い次世代、具体的には働き盛りの20~50代の方々と愉快に話す秘訣は、「未来を70%くらい、現在を20%くらい、過去を10%くらいの比率で話題を構成する」ことではないかと。
一般的に、人はシニア(60代以降)になると、過去の話題を会話の主題にしがちです。それが、年代や職場が同じならまだしも、共通する過去体験がない若い世代には、単なる回顧録・自慢話に聞こえるだけです。
相手のためになる話のつもりが、若い世代にはほとんど面白くないのです。
提供した情報がすべて正しければ、それでも罪はないのですが、万一大きな記憶違い、勘違いだった場合は、相手に誤った知識を植え付けてしまいます。
「それは地図情報が古いカーナビのようなもの」です。
いまやカーナビがないと未知の方面への遠距離運転が難しい時代ですが、内蔵された地図情報が古いと、近年開通した新しい道路、閉鎖した古い道路を正しく認識できず、とんでもない案内をしてきます。下手をすると、同じ場所をグルグル回る羽目になります。
「昔の話はやめる」と一気にトレンド話に持ち込むのもいけません。たとえば人気アイドルの話題で関心を取ろうとしても、もともと情報の厚みが違うので、すぐに見透かされてしまいます。せいぜい「若いふりして、みっともない」と軽蔑されかねません。
それに比べ、未来に関する話題、たとえば人工知能の話題は上下関係がありません。若い人たちにもすべて平等に関係するので、目をキラキラさせながら話してきます。
職人の未来の話
先日、行きつけの近所の居酒屋で、3名の屋根ふき職人さんとカウンターが隣り合わせになりました。すべて男性です。
世代が、60代、50代、40代と分かれている気配でしたが、40代と思しき職人さんが、「このままでは俺たちの仕事に明日はない」と真剣に自説を展開しています。
居酒屋談義にしては真面目な様子なので、つい聞き耳を立てたところ、「屋根ふきは、近い未来にロボットに置き換わる」という内容でした。
ほかの二人の職人さんは、「そんなに簡単には置き換わらないよ」と冷静になだめていました。
どうも話題がかみあっていないので、「あのー、その話題に私も参加していいですか?」と、声をかけたところ、「いいですよ!」と若い職人さんがすぐ同意。味方が登場と思ったのかもしれません。
「屋根ふきとは、簡単に人工知能に置き換えられる仕事ですか?」と聞くと、「基礎技術習得だけでも最低10年はかかる専門職です。
でも、もし人工知能にノウハウが植え付けられたら、人間より速く正確に、ムラなく、天候に左右されずキッチリ仕事をやりきるはずです。
実際に、住宅建材の大半はいまや大型工場で機械生産されていますので、大工も分業化され、決められた部品をマニュアルに沿って専従的に組み立てます。昔のような何でもこなせる大工さんは、今はほとんどいませんよ。」と、意外な答えが。
「大工さんの監督者(棟梁)はいるでしょう。」と私。
「いることはいますが、少数です。
今は、建築全体が細分化・機械化されているので、工程全体を見通すのは結構大変です。だから、簡単な作業はもちろん、棟梁の役目も人工知能が担うほうが効率的になる時代がくるでしょう。
生き残れるのは、芸術的な感性と緻密さを要する宮大工のような職人かなあ。実際、飛鳥時代から1600年も生き続け現存する金剛組は世界最古の企業ですし。」
http://www.kongogumi.co.jp/enkaku.html
その夜は、この話題だけであっという間に2時間が過ぎました。
私はもっぱら聞き役でしたが、「次回もまた未来の話をしましょう!」と誘ってくれ、短時間ですっかり仲良くなりました。
師匠とは?
その晩、「あなたに技を教えた師匠はだれか?」を聞くのを忘れました。職人の世界は、今でも人と人の技の伝承なのだろうと思います。
それは、過去から現在、そして未来へと連綿と続き、そんなに簡単には人工知能に負けないはずと思うのですが、還暦までサラリーマンで生きてきた私には理解の難しい世界ではあります。
それでも、私にも仕事の師匠といえる人がいます。正確には、過去にカードの世界を教えてくれた方は、すべて師匠のようなものですが、もし「たった一人に絞ると誰か?」と問われれば、ズバリ7月に78歳で亡くなった実兄です。
なぜなら、兄が私にカード業界への就職を強く勧めなかったら、今の私の人生はなかったわけなので。
カード業界に入るまでの経緯
「自分の過去の話は、誰も喜ばない」という前記の話題に矛盾するのですが、恩義になった人を回顧し感謝するのは、必ずしも悪いことではありません。
なので、亡兄に対する感謝を込めながら、本稿で初めて私が東京の大手銀行系カード会社J社に入社前後の経緯を書きます。
入社日は、1972年(昭和47年)7月10日でした。故郷富山の大学を卒業したのは、同年3月末なので、3ケ月の日数が合いません。
実は、4月から6月末まで私は大阪でプロ能楽師に師事していました。
しかも、住み込みです。大学時代は、空手道場と能楽部同好会での修行に明け暮れていたのですが、当時大阪から毎月招いて教わっていたプロの能楽師範の目に留まり、「大学を出たら、この道に邁進しないか(プロにならないか)、」とのお誘いをいただいた経緯でした。
起源を室町時代に遡るこの古典芸能は、歌舞伎と同じで家元の傍で幼少時から修業を始めないと身に付きません。大学4年間で分かるような半端な世界ではないのです。
そのことが骨の髄まで分かり、わずか入門3ケ月でこの道を断念しました。
「さあ、これからどうしようか」と困惑しているとき、メガバンクのS銀行に勤める実兄(私と8歳違いの長兄)から連絡があり、私のその後の人生を決定づけました。
「東京には、J社というカード会社がある。自分が在籍するS銀行とN信販が創設した最大手カード会社だ。応募してみないか。」
「カード会社??」
「その概要を書いた本をあげるから、それを読んで面接に臨んだらいい。」
他に就職口のあてもないので、そのガイドブックを通読し、入社面接に臨みました。面接には、いきなり当時の社長が出てこられ、
「カードとは、何か知っていますか?」と聞かれたので、一夜漬けで読んだ本の内容を聞きかじりで話すと、「君は、カードについてまだ何も知らないね。
当然かな。しかし、今は小さな会社だけど、この会社のロゴマークステッカーが世界中に貼られる時代がいつかやってくる。」「えー??この社長はひどいホラ吹きだ。」と、内心思いました。
「ところで、君は学生時代に空手を修業していたそうだが、その一部でも披露してくれないか。」唐突な要望を受け、目の前で気迫を込めて空手の瓦割り演武をしました。
「分かった、もう帰っていい」との一言。
「あーあ、不合格だな。」と、しょんぼり帰宅。
ところが、その翌日に「合格」の速達が来たのです・・・
何だかワケがわからないまま、その会社に就職しました。今と違い、当時は社員数が100名弱の無名の中小企業でしたから、入社手続きも誠にアッサリしていました。
何度も辞めようと悩んだ3年間
その分、最初から衝撃の連続でした。まず、作業デスクと座る椅子が用意されていないのです。新卒とはいえ、7月からの途中入社だったからでしょうか。
仕方なく、空いている席を借り、先輩が戻ってくると移動するという「座席難民」状態が2ケ月位続いた覚えがあります。
もうそれだけで、「この会社にいつまでいるかなあ」と、毎日悩んでいました。
「俊紀、今は辛いだろうが、この会社は必ず大きな会社に育ち、世界に雄飛するだろう。母体銀行が本気で作った会社だから、辛抱して勤めなさい。」と、兄は私を常に励ましてくれました。
実際、そのS銀行は時代の先を行くリース・レンタル会社O・L社を1964年に設立し、軌道に乗せ上場大企業に育てた実例がありました。
しかし、当時は今よりはるかにガチガチの現金社会のため、「非現金決済」のクレジットカードを怪しむ人が多く、いたるところで心折れそうなことが起きました。
ある時、多額のカード利用代金の支払いが大幅に遅れている某国会議員本人に督促したら、「2週間や3週間遅れたからと言って、たかがカード屋ごときがガタガタ言うな!」と一喝されたことがありました。
その類の愚痴をこぼすたびに、「いずれ、日本はアメリカのようなカード社会になるぞ!」と兄は励まし続けてくれました。あれから46年、J社は確かに世界に雄飛し、社員数も4000人を超える巨大企業に育ちました。
不思議な節目
さらに、今年4月、経済産業省から「キャッシュレス・ビジョン」が発表され、“日本は2027年に向けて世界でもトップクラスのキャッシュレス社会を目指す”趣旨の宣言がありました。いよいよ政府が本気になってきたのです。
「本書は、世界のキャッシュレス動向、日本のキャッシュレスの現状、それらを踏 まえた我が国における対応の方向性、さらに方向性を踏まえた具体的な方策(案) を「キャッシュレス・ビジョン」として取り纏めたものであり、今後、このキャッ シュレス・ビジョンを踏まえながら、引き続き産官学の連携を通じてキャッシュレ ス推進に向けたさらなる検討や具体的な活動が進められていくことが期待される。」
そのころ、兄は故郷の富山で末期ガンとの闘病真最中でした。
このニュースについて電話で報告したら、「よかったね!お前は、この業界で半世紀も頑張って来たし、最近はネット連載や放送大学授業で、そのような趣旨を世間に向けて訴え続けてきたのも、何らかの意味があったと思うよ」と、心から喜んでくれました。
実は、兄は40歳ころにS銀行から当時の大蔵省(今の財務省+金融庁の前身組織)の中枢に数年出向したことがあり、国策のもつ影響力の強さを肌身で知っています。
そのためか、言葉に実感が籠っていました。2003年に実父が亡くなってから、まるで父親のように私に接してくれていましたので、この朗報を見届け納得したかのごとく、それから程なく亡くなりました。何か不思議な節目を感じます。
社会の一隅を照らす
天台宗の開祖である最澄(さいちょう)の言葉に、「一隅(いちぐう)を照らす、これすなわち国宝なり」。とあります。「それぞれの立場で精一杯努力する人は何者にも代えがたい大事な国の宝だ」という意味だそうです。
私の兄は、華々しい銀行時代に極限のストレスで疲弊し、50歳ころに中途退職しました。その後は地を這うような苦労も経験したようでしたが、還暦を期して故郷に戻り、実家の両親の最後を看取り、愛妻と二人の平穏な老後を過ごしました。
実は、それがどのような毎日だったのか、遠くに住んでいたため、正確に理解していませんでしたが、葬儀の日にその人望の厚さを目の当たりにして本当に驚きました。
80歳前後になると、一般的な老人は仕事の人脈も途絶え、葬儀はヒッソリとしたものになるのが普通ですが、現役でない兄の通夜と告別式ともに、会場から溢れんばかり多数の会葬者が来られたのです。その理由は、葬儀終了後に分かりました。
存命中に、文字通り「社会の一隅を照らす」ことを真面目に実践していたのです。
例えば、前任の会長から頼まれた自治会長を3年も引き受け、地域の環境改善に奔走していたようです。自治会長とは、住民の種々雑多な生活問題の解決に無償で行動しなければならない責任職です。
会長職の激務を縫って、冬季に降雪で交通事故が多発する雪国富山の自宅近隣道路に融雪装置を設置するため、約二十世帯の隣接住民全員、
および近隣企業数社の金銭分担等の合意を形成し、市役所の助成金交渉と許認可まで取り付け、3年かけて見事実現させました。(右写真は、類似画像)
今では、真冬でもその道路には一切の積雪がありません。その苦労を知る近隣住民のほとんど全員が葬儀に駆けつけて来たのだそうです。兄は、周りに惜しまれながら逝きました。
起伏も大きかったけれど、本当に幸福な人生だったと思います。そして、私にとってお手本とすべき人生の師匠でもありました。
合掌。
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