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公開日: : 最終更新日:2016/10/18
カードバカ連載 カードあれこれ 第14回―(1)「キャッシュレス社会と、人の幸福」
半世紀近くクレレジットカード一筋に関わってきた“カードバカ”が、カードに関するあれこれを、独自の切り口で語ります。
カード研究家 小河俊紀
皆さん、こんにちは。カード研究家の小河です。
前回の連載をアップした直後、引用著作の企画・執筆協力をされたNさんから、思いがけない激励のメールをいただきました。
Nさんは、9年くらい前に、ある汎用ICギフトカード開発プロジェクトで一時期ご一緒させていただいた方です。
カード会社をはじめ、関連の大手IT企業、印刷会社、機器メーカーなどが横断的に参加した大がかりなプロジェクトでした。当時としては、かなり先進的な試みで、Nさんはそのリーダーをされていました。
おそらく、当時日本でトップクラスの論客だったと思います。
その後、諸事情があって、いったん第一線を引かれましたが、今でも鮮明に記憶に残る方です。今回のNさんのメールは、短文ながら非常に含蓄があり、未熟な私には叱咤でもあります。
以下、原文通りご紹介させていただきます。
小河様
ご無沙汰をしております。
毎回の連載拝見しております。今回の原稿も大変に参考になりました。
真に成熟したキャッシュレス社会の実現に関しては、法的、民度、歴史、社会構造、文化、価値観、経済、国際間などなどあらゆる面で、メリットとデメリットを比較検討する必要があると考えています。
キャッシュ社会のリスク、コスト偏重の分析比較では、どうも解決されないのではとも思います。
また欧米諸国との比較も、よく出されますが、キャッシュレスシェアがどの程度高まれば、日本社会の幸福度に貢献できるのか、キャッシュレス先進国の実態に関しても、さらに徹底した比較分析が必要と考えています。
小河様の更なる研究成果をご期待しております。
今回は、このメールの主題「キャッシュレスシェアがどの程度高まれば、日本社会の幸福度に貢献できるのか」という広くて、重いテーマについて、不遜ながら体験を織り交ぜて考察を試みてみます。
キャッシュレスを本当に理解すると、あなたの人生が便利で楽しく変わるかも!
古代人の集団墓地
今年8月2日のyahooニュースに、驚きました。
「アテネ郊外の古代墓地から、鎖に繋がれた80体の人骨が発掘された。考古学者は、謀反に加担して失敗、処刑された反逆者のものである可能性があるという。
鉄製の手枷で繋がれた人骨は今年4月、国立図書館と国立歌劇場の建設予定地になっているアテネ市内ファリロンの古代共同墓地で発掘された。
殆どの人骨は、手枷が掛けられた両手を頭上に伸ばした格好で互いに繋がれているが、整然と埋葬されていることから、奴隷や普通の罪人とは違い、敬意が払われた様子を窺い知ることができる、と考古学者は指摘している。
歯の健康状態が良好であることから、人骨は若くて健康な男性のものであることを示している。発掘チームのリーダー、ステラ・クリソーラキ博士は「全員が同じ方法で処刑され、埋葬には敬意が払われたことが分かります」と指摘。
人骨が発掘された共同墓地は紀元前8世紀から5世紀のもので、紀元前632年に反乱を起こして失敗、逃亡した貴族キュロンの支持者が捕らわれて処刑された跡ではないか、とする仮説が有力だ。」(ロイター)
人は死して
「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」という諺がありますが、死後2600年経て、遺骨によって存在と尊厳が明らかになった80人の若者たち。
個別の肩書や履歴は今のところ不明ですが、いずれDNA解析によって、ある程度明らかになるかもしれません。そして、それぞれの子孫も判明するかもしれません。
実際、アメリカの連続ドラマ「BONES」で描かれたように、最新の法医学では、骨だけで、年齢・性別・人種や病歴はもちろん、場合によっては生前に興じたスポーツや生前の持ち物まで判別できるところまで来ているようです。
死後に、これほどの時間を経て歴史上無名の人たちのプロフィールが蘇るなら、なんと凄いことでしょうか。
カードの存在意義
私は、カード業界に偶然出会って、すでに44年。否応なくカードの存在意義を常に考えてきました。それは、あまりにも広く、深く未だに謎ですが、最近ひとつのヒントが見えてきました。
「存命中のホルダー個別の消費行動を、詳細に記録することができるのがカード。もし、社会の役に立つ情報があれば統計化し、広く還元されるべき。また、本人の同意があれば、個別に長く保存され、子孫に伝えられるべき」と。
人は、70兆分の1という莫大な数の可能性の中からたまたま選ばれてこの世に存在し(村上和雄著「生命の暗号」)、それぞれの人生を生き、いずれこの世を去ります。
人の数だけ人生があり、喜怒哀楽があり、終焉があるのです。時間の長短はあっても、重い一生です。
残念ながら、技術的な制約もあって、特定のエリート、天才等を除き、その個別記録が後世に脈々と引き継がれることはありませんでした。
亡父の日記
右の写真は、亡父の日記です。次兄が保存していたものの一部です。
昭和46年ころの自身や家族の動向を単語調で書き留めています。
読みにくいわずかの文字なのに、当時の日常生活がリアルに垣間見えます。濃い内容が凝縮されています。
本連載11回目の(2)でも触れましたが、父は60歳まで平凡で堅実な技術系サラリーマンでした。
しかし、還暦から85歳で亡くなるまで新しいスタイルで働き続け、終生とてつもなく勤勉な人でした。
日記も長年書き続けていました。
写真のページは、定年を節目に退職金全額を投じてアパート経営の準備を進めていたころです。
すでに開業していた時計店ふくめ、今で言う「熟年起業」に踏み切ったのです。
その収入のおかげで、息子3人は大学・就職・結婚をしっかり支えてもらいました。すでに古希に迫る歳になって、その重みが私にもようやく伝わってきます。
人類総記録社会
ここ数年、ツイッターやブログ、フェースブック、ラインなどSNSが普及した上、スマホでの写真撮影が手軽になったため、一般人でも気軽に日常を記録できる時代になってきました。
「自分で自身の生きた痕跡を残したい」という人間本能にもとづいた個人的記録でありながら、投稿者の体験を即座に共有しあう点が、従来の日記と違います。
実際、他人なのに素晴らしい感動をもらえます。
もし、自身が残した日常だけでなく、客観的な日常が詳細に記録され、次世代に引き継がれるなら、その意味は金銭に換算できない価値を含み、大きな社会遺産になるのではないでしょうか。
存命中に理解されなかった意味が、後に再発見されるかもしれないからです。カードの蓄積情報(ビッグデータ)は、大きなカギを握りそうな予感がします。
債権回収時代の体験「不幸の数は・・・」
私は、カード会社入社(1972年)2年目から3年間、「延滞債権回収」の仕事を経験しました。
まだ20代の半ばで、世間を知らないヒヨッコでしたが、そのとき共感したのは、「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」というというトルストイの名言でした。
1970年代当時は、通信手段が少ないうえ、法的規制が緩い時代でしたので、重度の延滞債権の回収は“夜討ち朝駆け”が基本でした。
実際、月を越えて支払いが滞る延滞者は、勤務先も自宅も日中の連絡がほとんど不可能でした。やむなく、早朝か深夜に自宅を訪れるしかありませんでした。
外房総での回収余話
初秋のある日の夕方、先輩と二人で外房総九十九里浜付近に住む会員宅の自宅を訪れたことがあります。仕事を辞めたようで、自宅に何度電話しても不在。督促状にも反応しない重度の延滞者でした。
かなり荒れ果てた平屋の一軒家の戸を叩くと、当人の妻と思える女性がおずおずと出てきました。着ている衣服はかなり傷んでおり、貧しい生活が垣間見える。
「ご主人は、いらっしゃいませんか?」
「いません。帰らないこともあるし、帰っても9時過ぎですから」
「今は、何のお仕事をされているんですか?」
「さあ、知りません」
「それでは、お帰りになる9時ころ、また参ります」
「・・・・・」
気がつけば、6~7歳と思われる男の子が母親の傍で怪訝そうに聞いていた。
当時は、高速道路もほとんど整備されていない時代なので、東京から外房へ車で行くには、片道3時間以上かかったと記憶している。
日没が迫る九十九里浜沿いに相棒と二人で車を思い切り走らせ、時間をつぶした。
食堂らしきものも見当たらず、沿道にあった古い萬屋(よろずや。今のコンビニみたいなもの)でパンと牛乳を買って夕食とした。
「ここまでやって来て、しかも9時まで待たされて本人に会えないと切ないなあ」
どちらからともなく、つぶやいた。
そうこうしているうち、ようやく9時になり、自宅を再訪問。
「こんばんは。先ほどのものですが、ご主人は帰宅されていますか?」
「いいえ。まだです。何があったんでしょうか。」
「実は、ご主人は私共のカード代金を30万円ほど滞納されていて、困っているんです」
「うちは、ご覧の通りひどく貧乏です。亭主は、ほとんど生活費を入れてくれないので、毎日の食事もままなりません。でも、わざわざ東京からここまで来ていただいて、手ぶらでお返しするのも申し訳ないので、明日学校に払う子供の給食費を返済の一部に充ててください。」
「それは、受け取れません。子供さんがかわいそうですし。」
母親の後ろから、子供はこちらを恨めしそうに睨んでいる。
こちらの気持ちも萎えてくる。
「今日は、これで失礼します。ご主人によろしくお伝えください。坊や、おやすみ。」
ひどい疲労感を引きずりながら、自宅に着いたのは深夜でした。
翌朝一番、あれほど音信不通だった会員本人から突然電話が入った。
「今朝、滞納金を全額振り込んだ。子供に対するお前たちの優しい気持ちが気に入った。」
それだけ言って、電話は切れました。
現在の価値に換算して60万円近い大金をどうやって工面したか不明ですが、それだけに、苦境の只中でも失われていない父の愛情(幸福)を垣間見た強烈な思い出です。
債権回収作業を通じた教訓
債権回収を通じて、様々な不幸に陥った会員個別の生の生活に接するうちに、私はあることに気づきました。
「カード入会の時に、健全な仕事、家庭、健康、友人に恵まれている人でも、いつ、どのような契機で不遇になるか、予測できない。それほど、人生とは微妙なものだ。
ただ、もし何かの拍子に人生の歯車が崩れても、誠意と、意思と、努力次第で人は再生していくこともできる」と。
実際に、自宅が全焼し、事業が破産した会員が、わずか半年で自力再生し、当時大金だった100万円超のカード代金を一括返済してくれた事例もありました。
まだ20代の青二才だった私が、苦境に陥った会員それぞれの生々しい人間模様を皮膚感覚で様々に知ったことは、貴重な体験でした。
延滞発生から完済、または法的措置にいたるプロセスを業務日誌として克明に記録する中で、「不幸のかたちは、不幸な人の数だけある」と痛感したのでした。
満2年を経過した昭和50年ころ、私は生意気にも専門書の文章をなぞりながら、普段感じていることを、「回収の10ケ条」と題するレポートにまとめ、部長に提出したことがあります。
副題は、「債権者の心は、婚約中の娘心である」としました(右写真)。
一般的に、取り立てをする人間は無慈悲な極悪人のように見なされていますが、とんでもない!
少なくても、私の業務体験では、その逆だったと思います。
延滞者の様子を想像し、生活改善が起こっているだろうか、本当に約束を実行してくれるか、など四六時中思いをめぐらしていました。
まさに、不安に揺れる婚約中の娘心のようでした。
そのレポートを読み終えた部長は、「小河君、体験を良い教訓まとめてくれたなあ。部内全員に読んでもらうね」と、朝礼で話し、部内回覧をしてくれたのです。
自己顕示の意図はまったくなかったので、ずいぶん恐縮し、内心嬉しかった思い出です。
生身の人間との交流
膨大な個人情報を集積しているカード会社は、意外にも、カード会員と直接に接触することはほとんどありません。普段は、郵便、電話、ネットなどで情報共有を行います。
なぜなら、一般消費者は小売店と接する構造だからです。
ところが、たったひとつ延滞債権回収業務だけは別です。微妙な利害と感情が交錯する業務なので、主に正社員が直接対応してきました。
もちろん、会員数の増加によって延滞債権の絶対数も増えてきましたので、1999年ころから所定債権は回収専門のサービサーなどに引き継ぐ時代になっています。
それでもなお、債権回収には顧客と皮膚感覚で接する奥深さがあり、延滞債権回収部門と営業開拓部門は今でもカード会社の両輪を成す基幹業務となっています。
「継続的利益をもたらしてくれる優良会員と、支払い滞納で損害を来す不芳会員とは、コインの裏表のようなもの」だからです。
双方の連続性=因果関係を解析することがカード会社にとって生命線といえます。今後、その意味はますます増大するに違いありません。
今回のまとめ
冒頭、「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」というというトルストイの名言に対し、「人生の形も、幸福も、不幸も、それぞれに人の数だけある」と、最近私は思うようになりました。
それぞれ多彩に綾を成し、相乗し、変化しているものだからです。
簡単には実現しないでしょうが、本人同意のもと、カード利用・決済履歴(クレジットヒストリー)に基づきホルダーの生活状態を人工知能で計測・解析・助言し、幸福度の改善(自己認識との統合)を促進できるなら、キャッシュレス社会の未来はバラ色です。
非常にデリケートなテーマでもありますから、続きは次回以降に書きます。
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