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公開日: : 最終更新日:2016/08/24
カードバカ連載 カードあれこれ 第13回 「ATMでのカードキャッシング不正使用事件」
半世紀近くクレレジットカード一筋に関わってきた“カードバカ”が、
カードに関するあれこれを、独自の切り口で語ります。
カード研究家 小河俊紀
皆さん、こんにちは。カード研究家の小河です。
前回4月の連載末尾で、「次回は、カードの事業構造を語る」と予告しました。
直後に前代未聞の大がかりなカードキャッシング不正使用事件が発生しましたので、今回はそれを題材に、キャッシングのセキュリティ、カード事業の収益構造におけるキャッシングの役割について、一言私見を述べてみたいと思います。
キャッシュレスを本当に理解すると、あなたの人生が便利で楽しく変わるかも!
ハリウッド映画もどきの大型詐欺事件
驚くべきカード犯罪が発生しました。
(以下は、(5月22日 読売新聞から引用)
「全国17都府県のコンビニの現金自動預け払い機(ATM)約1400台で5月15日、偽造クレジットカードとみられるカードが一斉に使用され、総額約14億4000万円が不正に引き出されていたことが捜査関係者への取材でわかった。
約2時間半の間に、100人以上の犯人グループが各地で引き出したとみられる。
南アフリカの銀行から流出したカード情報が使用されており、警察当局は背後に国際犯罪組織が関与しているとみて、海外の捜査機関と連携して捜査を進める。」
ATMから現金を引き出す“出し子”が100名も動員され、全国各地で一斉に偽造カード使用するとは、正にハリウッド映画のような大胆さです。大がかりな国際的組織犯罪であることだけは即座に読み取れました。
ちょうど、この事件が明るみに出て間もない日の夕刻に「翌朝の生放送で、この事件を取り上げるので、(カード専門家として)コメントしてもらえないか」という趣旨のメールを某テレビ局から私宛にいただきました。
私に取材が入った経路は不明ですが、カード専門家と評価いただいたこと自体は光栄と思いつつ、「事件が明るみに出て間もなく、情報が限られたままで拙速の解説はしたくない」とお断りしました。(ちなみに、翌朝の本番では防犯評論家の方がコメントされていました。)
事件発生から約1ケ月がたち、二人の出し子”が逮捕されるなど若干の進展を見せているものの、未だに真相のほとんどが藪の中です。
恐れていたことの現実化
「世界でもっとも便利で、安心・安全なキャッシュレス社会の実現」が、一昨年2014年に閣議決定され、日本の国策となったことは、この連載でも解説したことがあります。
2020年東京オリンピック・パラリンピックにむけて、現金大国(キャッシュレス後進国)の日本を、欧米並みのキャッシュレス大国に変えるというのですから、明治維新以来の大転換です。
しかしながら、カード利用率の低さもさることながら、セキュリティの脆弱さも世界トップクラス(?)の日本の現状を変えることは生易しいことではありません。
カードサービス強化と不正使用は表裏一体の関係だからです。
実際、今回の事件は、海外発行のクレジットカードを携帯した外国人が、日本滞在中に手軽にキャッシングできるよういち早くATMを開放したセブン銀行のサービス強化が裏目に出た格好です。
一般的に、日本では磁気ストライプの読み取り方式が国際標準でないため、国内銀行のATMでは海外発行のカードはほとんど使えません。
今までキャッシングを巡る国際犯罪がほとんど表面化しなかったのは、皮肉にも、決済の鎖国状態が、結果的に国際的なカード犯罪から身を守ってきたからです。
しかし、世界的レベルでキャッシュレス化が進み、どこでもカードが使えるようになると、どこでカード情報が盗まれる(スキミンングされる)か、偽造・悪用されるか予測できない時代になりました。
そこで、スキミングが容易な磁気カードから、偽造が困難なICカードへの切り替えが世界的な潮流となっています。
一方、経済大国であるはずの米国と日本は、カード券面と売上処理端末(特に、POS)のIC化率が世界で最も遅れた国でもあります(下図)。
以下は、その辺りの背景を分かりやすく解説したサイト記事https://www.square-blog.jp/product/20160105-us-tip-cardsから引用したものです。(赤字個所は、筆者)
IC対応に出遅れたクレジットカード先進国アメリカ
そもそもアメリカはクレジットカード先進国。クレジットカードの概念は、19世紀後半のアメリカで生まれました。
プラスチック製のカードが初めて登場した1950年以降、発行枚数、利用率ともに世界をリードしてきたアメリカ。
一方、ICチップの搭載については、他国に遅れをとっていました。
ヨーロッパや日本でクレジットカードのIC化が進む中、2011年にアメリカで発行されたICチップ搭載のクレジットカードは1%にも及びませんでした。
そんなアメリカに転機をもたらしたのが、2013年の米大手ディスカウントストア、ターゲットの個人情報流出事件。
流出した4,000万人の個人情報の中にはクレジットカード情報も含まれていたのです。
その後も相次ぐサイバー攻撃による情報流出に、2014年10月、クレジットカードの安全性向上に向けて大統領令が発せられ、アメリカでもEMVに準拠すべくクレジットカードのIC化が本格的に始まりました。
ICチップは、磁気テープに比べ偽造が格段に難しく、万一データが盗まれても不正利用が困難だからです。
これまで、全世界で起こるクレジットカードの詐欺被害は、実に約半分がアメリカに集中していました。
今後、ICチップカードの普及率が上がれば、アメリカでの詐欺被害は急速に減ると予測されます。
日本はクレジットカードIC化後進国?
日本では、2000年頃からクレジットカード業界がカードのIC化に取り組み、2014年に発行されたクレジットカードの65%がICチップを搭載しています。
十年以上かけて3枚に2枚がICチップを搭載するようになった日本の状況を考えると、アメリカがものすごい勢いで追い上げてきているのが分かります。
発行カードのICチップ搭載に加えて悩ましいのは、加盟店のクレジットカード決済端末。
実は、カードがICチップを搭載していても店舗側のクレジットカード決済端末がIC対応していなくては、完全とは言えません。2014年時点では、実に80%以上の決済が磁気端末を通したものだったそうです。
クレジットカード業界では国内発行カードを、2016年末までに80%、2020年には100%ICチップ搭載にするという目標を掲げていますが、ICチップカードの普及に伴って不正被害を防ぐには、加盟店もICカード対応端末の導入を急がなければいけません。
上記の情勢を図解中心にまとめた公式資料があります。日本クレジットカード協会が編集し、今年4月に経産省が発表したもの)
クレジットカード先進国でありながら、IC化が遅れたために世界最多のカード不正使用発生国だったアメリカが、2017年をめどに国家規模でICカードのインフラの整備を急ピッチで進めています。
その完了を来年に控え、次なるターゲット日本で今回の事件は起きました。
正に、恐れていたことが起きたのです。
被害者は誰か?
今回の事件を聞いて、「誰が被害者なの?」と思われた方が多いでしょう。
事件は、まだ捜査中なので、安易に決めつけることはできませんが、一般的な国際ルールではカードを発行した南アフリカのスタンダード銀行になります。
原則として、真正の過失無きカードホルダーに支払い責任を負わせることはできないからです。
では、同行は泣き寝入りするしかないのでしょうか?
ゆうちょ銀行ATMふくめ21億円もの被害ですから、即座に、国際刑事警察機構(ICPO)と連携を開始しましたまた、セブン銀行も(一時的にでも)管理下のATMから大量の紙幣が引き出され、不正使用検知システムを揺さぶられたので、一種の被害者です。
以前にもお話ししましたが、国際カードシステムは、国際ブランド会社、カード発行会社(イシュアー)、加盟店契約会社(アクワイアラー)等、複数プレイヤーの連携で成り立っています(下図は、消費者庁資料)。
国際間のカードキャッシングも、同様です。Master系列のCirrus、または、VISA系列のPLUSという国際ATMネットワークを介して広範囲で利用できるようになっています。
今回の事件で、アクワイアラーの立場にあったのは、セブン銀行かどうかイマイチ不明ですが、一時的であっても、多額の現金を短時間で引き出された損害は軽くないはずです。
キャッシングサービスの本来的意味
ところで、キャッシングとは、本来いかなるサービスでしょうか?
「大辞林」を引用してみますと
〔和 cashing+service〕
信販会社や消費者金融会社がクレジット-カードを使って行う無担保・無保証・高利の短期小口融資。
おおよそは合っていますが、高利という表現は妥当ではありませんし、商品の開発意図が抜けています。
私がカード会社に就職した時期(1970年代初頭)、「キャッシングとは、例えば旅先で予算を超える出費が発生し、手元資金の不足をカバーするような簡単なつなぎ融資。あくまでショッピング機能の補助に過ぎない。」と先輩から教わりました。
したがって、「毎月のように常用する(“転がす”)会員は、ギャンブルや遊興費などの運転資金が忙しい可能性が高く、注意を要する。」と、常にマークしていたのを覚えています。
“チョイ借り”ですから、当初月間5万円程度の限度枠だったのですが、いつの間にか10~50万円と増枠し、消費者金融のような生活資金用途になっていました。
キャッシング市場規模の推移
2007年(平成19年)から段階的に施行された改正貸金業法で、キャッシング取扱高は急激に減少し、平成24年段階では2兆3513億円、平成27年では平成18年比5分の1規模 1兆7,216億円程度に縮小しました。
(下図は、日本クレジット協会統計を参考に筆者が作成。平成25年度実績は不明。詳細は下記URL)
https://www.j-credit.or.jp/information/statistics/download/toukei_03_c_160531.pdf
https://www.j-credit.or.jp/information/statistics/download/toukei_04_a.pdf
法改正までは、出資法の上限29.2%範囲内で金利設定をしていたのですが、それが平成18年(2006年)1月の最高裁判決で「違法」と判断され、利息制限法の範囲内(上限20%)に規制されただけでなく、過去に遡って超過利息(過払い金)を返還するよう義務付けられました。
これで、キャッシング金利を大黒柱とするカード会社収益は大きな痛手を受けました。ちなみに、下図は、キャッシングのカード会社収益に占める比率の推移です。
最盛期には、本業の加盟店手数料収入に迫る存在感でした。
(「Card Wave社刊行、塘信昌著、 「クレジットカード事業の歴史から検証するコア業務とリスクマネジメント」から引用」
カード会社だけでなく、ノンバンク全体の金融事業も大きく縮退しました。しかし、急激な市場縮小にいたっても、キャッシングサービス自体は存続しています。
では、現金決済撲滅を目指すカード会社が、収益性が低下した今でもキャッシングという現金の供給サービスを廃止できない根本的理由は、どこか別にあるのでしょうか。
ヒントは、下表にあります。
この連載で何度も触れてきましたが、日本では、カードが気軽に使える店が少ないうえ、カード利用に何か気持ち悪さを覚える国民性が相乗して、わざわざカードキャッシングで現金を調達するニーズが根深く存在しているからです。“必要悪”とも言えます。
規制だけで解決できるほど実態は単純でありません。むしろ、後払いのキャッシングが個人消費の活性化に貢献してきたのも歴史的事実なのです(下記は、経産省資料)。
しかし、いずれ高度なキャッシュレス社会になれば、現金は不要になり、キャッシングサービス自体は徐々に廃れていくでしょう。
誤解されているカード事業の収益率
過払い金返還の話題も影響し、一部消費者には、「カード会社は、キャッシングやリボで暴利をむさぼる悪徳金融事業者」という偏見が存在します。
しかし、実際は「決済に関する数パーセントの手数料を、関係事業者間で分かち合う薄利な装置産業」です。(下図は、山本正行著「カード決済業務のすべて」から引用)
キャッシング比率が過度だった時代を反省する必要はありますが、諸外国では普通に付帯し、愛用されている「リボルビング」という分割払い機能(カード会社収益の基礎)が、日本では発足時から規制・排除されてきたので、やむなくキャッシング収益で補強しないとカード会社経営が安定しない現実が長くあったのです。
ちなみに、カード会社大手の三井住友VISAカードの2015年度公表決算資料によれば、ショッピング取扱高(加盟店売上)は 10兆58億円、本業の儲けを表す営業利益は419億円。何と総取扱高10兆910億円の0.4%しかありません。
ちなみに、キャッシング取扱高は852億円。総取扱高10兆910億円に対し、1%にも達していません。
堅実経営の同社でさえこうですから、他のカード会社も大同小異と思われます。
事件の教訓
確かに、観光目的で来日する外国人の利便性を向上させる努力は、絶対不可欠です。
しかし、キャッシュレスに慣れた外国人に、一度に10万円ものキャッシングを提供する必然性は本当にあるのでしょうか。
むしろ、多くの現金を持たずに日本中を気軽に旅行でき、買い物・飲食できる環境整備の方がはるかに重要です。
同時に、将来を見据え、カード会社としてもカードキャッシングを凌ぐ新しい収益事業を積極的に開発すべきです。
今回の事件を教訓として、官民一体となって“本当のキャッシュレス社会とは何か?”を、根底から見直す時期にきているのではないか、と思えてなりません。
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