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公開日: : 最終更新日:2017/06/06

カードバカ連載 カードあれこれ 第14回―(5)「キャッシュレス社会と、人の幸福」

半世紀近くクレレジットカード一筋に関わってきた“カードバカ”が、カードに関するあれこれを、独自の切り口で語ります。

カード研究家 小河俊紀

皆さん、こんにちは。カード研究家の小河です。

「キャッシュレス社会と、人の幸福」という大きなテーマの連載の5回目、いよいよ完結編を迎えました。

日本は幸福か

私の知る中国人で、「生まれ育った中国に比べ、日本は食品の汚染がなく、食事もおいしい。

生活物資は何でも揃い、文化程度が高く平和で豊かな国だ。」としみじみ語っている方が います。

経験が伴っているので、説得力があります。あながち否定できません。

しかし、「生活のあらゆる側面で、世界に誇れるような安心・安全とゆとりが日本にあるか」という問いかけに、自信をもってYESと答えられる日本人はどれだけいるでしょうか。

毎日のように凶悪な暴力犯罪、過労死、イジメによる自殺、特殊詐欺などのニュースに接すると、バブル崩壊以降の日本は心のゆとりを失い、国全体が歪んでいるように思うのは私だけでしょうか。

昭和50年代(1980年代前半)までの日本は、豊かではないものの、“一億総中流社会”と称賛される幸福な国だった記憶があります。

忙しくても、仕事にはやりがいがありました。このほど発表された世界的な調査会社米ギャラップの「世界各国従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査」によると、(2017/5/26付 日本経済新聞 朝刊)

「日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことが分かった。米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスだった。
企業内に諸問題を生む「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%、「やる気のない社員」は70%に達した。(中略)

「日本は1960~80年代に非常によい経営をしていた。コマンド&コントロール(指令と管理)という手法で他の国もこれを模倣していた。
問題は(1980~2000年ごろに生まれた)ミレニアル世代が求めていることが全く違うことだ。ミレニアル世代は自分の成長に非常に重きを置いている」

「それ以上に問題なのは『不満をまき散らしている無気力な社員』の割合が24%と高いこと。
彼らは社員として価値が低いだけでなく周りに悪影響を及ぼす。事故や製品の欠陥、顧客の喪失など会社にとって何か問題が起きる場合、多くはそういう人が関与している。

私は、特別な愛国主義者でも、国家体制批判者でもありません。

市井の普通の市民です。ただ、古希を迎える年齢になって、ゆとりを失っている次世代を憂う気持ちはますます強いものがあります。

近刊「現金の呪い」

ゆとりが、どういうプロセスで生まれるかは一概に言えません。

しかし、幸福度が高い北欧諸国を先頭として、世界的にキャッシュレス社会に向けて突き進んでいる理由は何なのかを、冷静に分析する価値はあります。

「日本人は、現金大好き民族。それがなぜ悪い」と思い込んでいる方こそ、その作業をお勧めします。

分析の過程で非常に参考になった書物が、4月に発刊されたばかりの「現金の呪い」(ハーバート大学教授 ケネス・S・ロゴフ著、日経BP社)

凄いタイトルの書籍ですが、前米FRB(連邦準備制度理事会)議長のベン・バーナンキ氏が「先進国の経済が“紙幣離れ”すべき理由を、様々な角度から説得力のあるデータとともに解き明かす重要な著作」と絶賛しています。

正味400ページにも及ぶ大作です。

ロゴフ教授は、序文で「提案するのはあくまで「レスキャッシュ(現金の少ない社会)への移行であって、決して「キャッシュレス(現金のない社会)を主張しているわけではない」と語ります。

「高額紙幣を排除し、少額通貨は温存する」という意味です。鋭い切り口は国際政治にも及びます。

「アメリカには、メキシコ国境に壁を建設するなどと発言する輩がいる。実際に、ハンガリーは国境にフェンスを張り巡らせたし、ヨーロッパの他の国も検討中だといわれる。

ただ現金をなくすだけで、不法移民の不当な雇用がどれほど困難かつ危険になるかということに気づいている人は、ほとんどいないらしい。」(P.135)

この書籍には、アメリカでICカード化が遅れた理由、レスキャッシュ社会は20年かけて進めるべき壮大な国策であること、2030年に完全キャッシュレス社会が実現する北欧スウェーデン・デンマークの先進事例、スマホとデビットカードを貧しい国民すべてに無償供与し公平な福祉を実現する政策、ビットコインの意味など、正に多角的に未来への提案が満載されており、安易に流し読みできません。

特に、中央銀行(日本では、日銀)が現在果たしている役割と、レスキャッシュ社会での変化などは、普段想像もしたことがない世界なので、カードに関心がない方でも一読されるとよいでしょう。

現金とカードの機能比較

現金(現ナマ)とカードの機能を、私なりの経験と調査で比較した図表が下記です。

<現金とカードの機能比較>

(◎かなり優れている 〇やや優れている △やや劣る ×かなり劣る)

項目 現金 カード
金銭価値実感
価値の独立性(匿名性) ×
汎用性
サイバー攻撃対応
停電対応 ×
偽造対応
(技術、規制法規)
◎(ICカード)
流通の効率性(スピード) ×
衛生面 ×
発行・管理経費 ×
不正の発生抑止力 ×
総合的・未来的社会価値

おおよそはご理解いただけると思いますが、「通貨の偽造対応」だけは、単純比較が難しく、若干の補足が必要です。

日本は、世界でもっとも通貨偽造発生の少ない国です。それだけ紙幣印刷技術が進化しているのです。

(下表は、国立印刷局資料)

偽造紙幣対策としてキャッシュレスが進んでいる国が多いのも現実です。逆に言えば
日本は現金の信頼性が高いため、キャッシュレスが進まないという説もあります。

同時に、日本では通貨を偽造すると「無期又は3年以上の懲役」で厳しく刑事処罰されます。

ですから、ほとんど通貨の偽造・行使に関するニュースを聞くことはありません。

一方、カードの偽造・詐欺事件が時折マスコミを賑わすため、カードは現金より偽造されやすいと思い込まれています。

実際は、偽造されるのは旧タイプの磁気ストライプ型カードであり、ICチップを搭載したICカードに関して言えば、偽造は絶対不可能です。

今、官民一体となり、2020年をメドにカード本体と売り上げ処理端末の完全IC化を目指していますので、完了さえすれば、偽造対策面でも現金を超える安全性を装備したことになります。

世界各国のキャッシュレス化進展の背景

では、偽造通貨対策以外にキャッシュレス化の目的は何でしょうか。

実は、急速な進展を遂げている世界のカード事情を細かく調べてみると、国別の濃淡はあるものの、下記の7項目のどれかが複合的に関わっているようです。

共通する要素は、「安心・安全で、暮らしやすい社会実現のための環境整備」。

1)、2)利便性・効率性

これについては説明不要でしょう。スーパーのレジでは、カードや電子マネーの方が、小銭数えるより正確でスピーデイなのは、もはや誰も否定できません。

3)消費活性化

VISAワールドワイドの委託で、世界的な研究機関のムーディズアナリティクスが、世界主要56ケ国について、2008年から2012年の期間でのキャッシュレスとGDPの相関性を調べたことがあります。

カード利用率が平均1%拡大すると、年間消費が0.056%増加するという結果でした。

そして、さらに2011年から2015年までの間、世界70ケ国での同様の調査を行った結果、家計消費が年平均で0.18%増加したそうです。(いずれも、VISAワールドワイドの発表資料)

別の角度で調べた直近の資料で、興味深い結果があります。

日本クレジットカード協会が、浅草仲見世商店街で現金客とカード客の購買単価比較を行ったのです。国際的な観光地だけに、キャッシュレスがもたらす基本的傾向性が濃密に反映するはずです。

結果、何とクレジットカード客の単価は、現金客の1.6倍でした!

アベノミクスは、現在546兆円の名目GDPを2020年に600兆円達成させる目標を掲げていますが、GDPの6割を占める家計消費、特に50兆円にも達する公共料金や教育費をカード決済に移行することが、一番着実な施策ではないでしょうか。

4)、5)、6)不正防止

もともと現金は匿名性が高いため、誰が使っても同じ価値が保証されてきました。

ところが、その特長を逆手に取った犯罪、詐欺、汚職、脱税が近年の世界を揺るがすことが増え、根本的な防止対策として(例えばインドのように)高額紙幣の廃止に踏み切る国が出てきたのです。

前述「現金の呪い」で、著者ケネス・S・ロゴフ教授は、「地下経済で好まれる決済手段は現金(高額紙幣)であり、現金需要のかなりの割合を地下経済が占めている」と断定しています。

地下経済とは、「麻薬取引、恐喝、汚職、人身売買、マネーロンダリング、脱税」
などです。(P. 106~107)

今の日本は、GDPに占める通貨流通高が18.61%(約100兆円)にも達し、2位の香港(14.65%)を遥かにしのぐ世界ダントツの現金流通国家.(P.71~73)。

さらに、通貨流通高に対する最高額紙幣の比率は、88.0%で、これもアルゼンチンに次いで世界第二位。(P.75)

ところが、現金好きの日本人といえども、1万円を超える買い物は今や半分がカード決済です。個人消費の世界では、万札の出番がむしろ減っているのです。

 (「知るぽると」資料)

一方、一般的な企業間取引では、扱い額が大きいため、手間やリスクを伴う現ナマ決済は少数です。

日銀は、もともと紙幣を発行する機能しかなく、その行方を把握していませんので、流通経路に関する公表資料もありません。

異次元の金融緩和策で発行された大量の高額紙幣は、いったいどこへ流れているのでしょうか?

この点について、ロゴフ教授が引用している資料(Schneider2016)では、日本ではGDPの9.2%(約50兆円)が地下経済に流れているといいます(P.115)。

世界平均の14%を下回っているものの、通貨流通高の半分に当たる巨額です。軽視できない規模だろうとは想像できるものの、にわかに信じがたい数値です。

ただし、反論できる情報をほとんど持たない私が、この拙稿の中でこれ以上語る愚は避けておきます。

なお、脱税防止の観点で20世紀末にキャッシュレス化策を国策で強硬導入し、国家破たんを劇的に乗り越えた成功例として、韓国が有名です。

韓国のキャッシュレス化率は、今や80%を超え、世界でもトップクラスです。

7)現金発行と管理に伴う無駄

現金発行に関する国家経費」については、私の連載第5回でも触れたことがあります。日本銀行の公表資料では、毎年500億円規模です(下表)。

では、国家的なレベルで、現金の保守に付帯する経費はいったいどれくらいの規模に達するのでしょうか??

少し古い資料ですが、アメリカの名門タフツ大学の調査で、「米国は、年間2,000億ドル(2013年当時の邦貨換算で20兆円)を現金にかけている」という調査結果があります。

(下記は、世界のカード事情に詳しいISI代表取締役 佐藤元則氏ブログ「カードBizと僕の勝手気ままブログ」から引用)

経済構造が同じではない日本に、この数値を当てはめるのは乱暴ではありますが、私の知る限り、これほど多角的な試算を行った大学や研究機関はありませんので、とりあえず単純に日本に置き換え試算してみました。

<日本での現金にかかる社会コスト試算>タフツ大学調査時期換算

① 2013年当時の米国での現金管理コスト年間2,000億ドル。
② 当時の日本の経済規模(名目GDP)は、アメリカの3.24分の1。
③ 当時の家計消費に対する現金決済率は、アメリカの3.1倍。
※2016.11.10クレディセゾン発表決算資料を参考

したがって、

2,000億ドル÷3.24×3.1=1,914億ドル
(2013年平均為替レート@97.6円換算 約19兆円

何と、今年度社会保障予算32.5兆円の6割に迫る巨額です。

もし、現金にかかる経費が消滅し社会保障費に転嫁できたら、理屈上日本の社会保障は60%近く拡充できることになります!!

(下表は、平成29年度国家予算)

キャッシュレスと、幸福度の関係性

そろそろ、この長編連載の大筋が見えてきました。

キャッシュレスが進行すると、

1) GDP(国民の裕福度)が増す。
2) 無駄な現金管理コストを大幅に圧縮できる。結果、社会保障費(教育、医療、年金等)に回すことができる。
3) 長寿への医療・生活環境が整う。
4) 情報とお金の透明度が増し、汚職や脱税、詐欺、不正取引等が減る。
地下経済に流れていた巨額の資産を地上に引き上げる(有効活用する)ことができる。国家や大企業への信頼度が増す。社会的安心感が向上する。

という状況変化が予測されます。

ちなみに、OECD幸福度ランキングの指標は、下記でした。

非常に近似していませんか?

1) 人口一人当たりのGDP(国民の裕福度)
2) 社会的支援(福祉度=教育、医療、年金等)
3) 健康寿命(健康長寿度)
4) 人生選択自由度(職業選択への寛容度)
5) 性の平等性(男女平等度)
6) 社会の腐敗度(政府・大企業への信頼度)

なお、4)人生選択の自由度、5)男女平等度がキャッシュレス進展で直接改善されるかどうか不明ですが、社会の余裕度(民度)が上がれば、間接的に影響する可能性はあります。

幸福度とキャッシュレスを調べていたら、デンマーク大使館に出会った

昨年10月ころ、2017年4月開講の放送大学講義骨子を検討するうち、「国民の幸福とキャシュレスは相関性がある」ことに気づき、根拠をいろいろ調べました。

しっかりした脈絡が見えないうちに4月となり、焦りは募るばかり。

ところが、講義開講直前の4月初旬に、偶然にも在日デンマーク大使館に遭遇し、決定的な情報をいただき、バラバラの情報が一気にひとつの形に統合できました。

上記の図表作成者は在日デンマーク 大使館 投資部長 中島健祐氏(右写真)です。

これは、仮説ではなく、デンマークという国が本気で構築を進めている電子政府の骨格なのです。

大変シンプルで、ストレートです。

中島様に出会った経緯

半年間、いろいろ調べ、思索してきたものの、どこか頭で考えた観念的部分があり、今年4月初め思い切って幸福度の高いデンマーク在日大使館へメールで問い合わせました。ズバリ「幸福度とキャッシュレスの相関性」についてです。

契機となったのは、ネット検索で見つけた「北欧デンマークの電子政府に関する取組み デンマークの知恵を活用した日本成長のヒント」と題する中島様の論文でした。

何と、翌日には当の中島様本人からメールが返って来ました。

「幸福度とキャッシュレスの相関性はある。詳しくは、電話で」という趣旨でした。

折り返し1時間にも及ぶ長い電話取材に対し、丁寧に答えていただきました。

概ね私の仮説が当たっていましたが、ひとつだけ「そうなのか!」と目からウロコの新発見がありました。

国民と政府との相互信頼を紡ぐ政治哲学

私がいろいろな文献を調べた限り、デンマークは、千年にわたる波乱の歴史の結果、「国民を一人一人大切にする」という政治哲学を獲得し、実践してきた積み重ねがある国」です。いわば、「国民ファーストの文化」です。

ですから、高い消費税を払っても、必ず還元されてくる信頼感が国全体に隈なく醸成されているのです。

その精度を上げる強力なエンジンが、電子政府であり、ICTやキャッシュレス化促進の国家的位置付けなのです。

日本でも、国民を一人一人大切にする趣旨で、「ニッポン一億総活躍プラン」が、昨年2016年6月に閣議決定されました。

図表を見た限りでは、良いことだらけですが、デンマークの図表に比べ、イメージ先行で具体性に乏しい印象があります。

例えば、ICTもキャッシュレスも描かれていません。キャッシュレスは、3年前の2014年6月に国策になったはずです。

放送大学でも、国策になったことを認識していない受講生が大半でした。マスコミに登場することも皆無です。政府は、本気なのでしょうか。

北欧に学ぶ幸福度アップの処方箋

別の指標で幸福度が世界一のブータンは、慈悲深い国王に対する強い信頼が基礎となっています。貧しくても、政治が暖かいと幸福度は上がる証明です。そこは、デンマークと非常に似ています。

下図は、これらをもとに私が作成した提言図です。

結びに

これで、以前から書いてみた

かったテーマ「キャッシュレスと、幸福」の長編連載も、一応完結しました。

最後まで読んでいただいた読者の 皆様には、心から感謝いたします。

微力ですが、今回の拙稿が「社会の一隅を照らす」ことになれば、無上の幸福です。

カードは、過去45年間、私の人生においていつも謎だらけでした。

なぜなら、学問というには範囲が広すぎて、つかみどころがないからです。

経済学が一番近いように見えるものの、経営学、社会学、会計学、心理学、哲学、法学、文化人類学、情報学、医学、生活科学、地理学、生物学、数学、工学、宇宙物理学etcとも関わり、どれにも属さない不思議な世界です。古希が迫る今でも謎だらけの世界です。

たかがカード、されどカード」です。

1972年、日本でのカード草創期に仕事として偶然出会い、右往左往しながらもその成長の一端を夢中で担ってきました。

初対面の方に、「お仕事は何ですか?」と聞かれ、「カード会社です」と答えると、「へえ・・・そうですか?」で会話が途切れたことも度々。聞く方も何を話題にしたらいいか、分からなかったのでしょう。

実は、書き終えて、またふと疑問が浮かんできました。

まず、日本で現金にかかるコストは私の概算どおり19兆円規模なのか、もっと多いのか、少ないのか、基礎係数が分からないため説得力不足です。

また、本稿は主に経済的・客観的側面を中心に幸福度を解剖しましたが、ブータンの例のように、貧しくても幸福度が高い国の根源は何か、です。

実際、「年収2,000万円を超えると、不安度が高まる」という消費者意識調査もあります。いつか別の機会にこの続編を書いてみたい、と思いつつ、一旦終了します。

 

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